製造物責任
家電メーカーの現地法人Bは、P国に工場をもち、電動ストーブを生産している。Dが独占ストーブは、Aによりわが国に輸入され、大手家電メーカーのブランドで量販店スーパーマーケットを中心に販売されている(商標をαとする)。Kは、2024年11月1日、Dの経営する家電量販店で、αを1台、代金1万2千円で購入し、持ち帰った。Kは、購入したαストーブ(βとする)を子犬の大学生Xに渡し、Kは、自分の勉強部屋でβを使い始めた。βは、同年7月17日に被告が販売された商品であった。ところが、使用開始から数日経過した頃から、Xは原因不明の頭痛・不快感等に悩まされるようになった。Kは、2025年1月9日に、XをS大学病院で診察してもらったところ、Xの症状は「化学物質過敏症」とされるものの判定基準を満たすことが判明した。また、XとKは、医師との会話の中から、Xの症状がβから出る化学物質によるものではないかという疑いをもちうるようになった。そこで、Xは、翌日からβの使用をやめたが、症状は一向に改善しない。外出先でも頭痛・不快感に悩まされる機会が増え、将来の就職にも不安を感じている。Kは、βを専門の検査機関で調べてもらったが、そこのβの微量の化学物質が出ていることが判明した。なお、Kは4LDKのマンションに暮らす4人家族であるが、家族にはX以外、症状は出ていない。また、αについては、「スイッチを入れたあとの臭いがきつい」との苦情がたびたびDのもとに全国で30件ほど寄せられているが、Xのような症状を訴える者は今のところ出ていない。現在は、2025年8月15日である。あなたは、KとXから、Dの従業員に対して損害賠償請求をすることをと考えているが、法律上の問題点があれば教えてほしいとの相談を受けた。あなたは、どのような助言をするか。●参考判例●① 東京地判平成6・3・29判時1493号29頁② 東京高判平成18・8・31判時1959号3頁③ 東京地判平成20・8・29判時2031号71頁●解説●1 考えられる請求の方法本問では、Xが請求権者となって損害賠償請求をしていく可能性と、Kが請求権者となって損害賠償請求をしていく可能性がある。このうち、Xは、自己の健康に対する侵害を理由として、不法行為に基づき損害賠償請求をしていくことになる(なお、「第三者のための保護を伴う契約」の射程もあるが、この問題についてふれる文献は少なく、また、本書の読者層を想定したときに必ずしも言及に堪えないと考える。解説を省略する)。また、Kは、(解説の都合上、民法711条の適用に関する問題を問うとすれば)βの売主に対し、βの瑕疵を理由として損害賠償請求をしていくことになる。以下では、まず、Xによる損害賠償請求の可能性、ついでKによる損害賠償請求の可能性について整理する。2 B・A・Cに対するXの請求:製造物責任法3条に基づく損害賠償請求Xによる自己の健康に対する侵害を理由とする損害賠償請求であるが、まず、請求の相手方を考えてみよう。Xとしては、実際にβを製造したB、輸入したA、βにブランド名を付したC、そして、βを製造したDを請求の相手方として考えることができる。このうち、B・A・Cについては、(民法709条による請求の可能性は否定されないとして)無過失責任を定めた製造物責任法3条に基づく損害賠償請求の可能性がある。製造物責任法は、1994年に成立した法律で、1995年7月1日の施行日後に製造業者等が引き渡した製造物について適用される(それより前に引き渡された製造物による事故は、民法の規定によって処理される)。製造物責任法が適用されるのは、「製造物の欠陥により人の生命、身体又は財産に係る損害が生じた場合」である(製造物2条1項)。そこでの「製造物」とは、「製造又は加工された動産」であるから(同条2項)、本問におけるβは、これを満たす。また、製造物責任法で責任を負うのは、「製造業者等」であるが、ここには、当該製造物を業として製造・加工している者のほか、輸入業者や、製造業者として製造物に表示されたその他意図的な製造業者も認められる者が含まれる(同条3項)。その結果、B・A・Cは「製造業者等」として、製造物責任法3条に基づく責任を負担する地位にあるものといえる。もっとも、製造物責任法3条の責任が成立するには、βが無過失責任であることのほかに、「欠陥」があったのでなければならない。ここにおける「欠ゅかん」とは、「当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていること」である(製造物2条2項)。しかも、同法4条・5条によれば、欠陥は、製造物の「引渡時」に存することが必要である。さらにいえば、製造物の「欠陥」が引渡時に存したことについて、被害者が主張・立証責任を負う。加えて、「欠陥」と損害・因果関係がないと損害との因果関係)も必要であり、これについても被害者が主張・立証責任を負う。その結果、製造物責任がもつ(過失の証明を必要としない)無過失責任であるとされたのに、「欠陥を立証できなければ、損害賠償請求が認められない」とか、「因果関係を立証できなければ、損害賠償請求が認められない」といった懸念も生じてくる。こうした懸念に対しては、主張・立証の対象となる事実を被害者に有利にとらえることで対応することが考えられる。その手がかりとなる判決が、製造物責任法施行後の民法709条の不法行為の立証に関する「テレビ発火事件」(参考判例①)と称される判例にみられる。この判決は、仮に、「製品の性状が、社会通念上製品に要求される客観的な安全性を欠き、相当な危険性が残存すれば、その製品には欠陥がある」という見解をとり、この立場での「欠陥」を、「どのような危険を生じさせたのかという具体的な危険性、物理的、化学的要因」(物的な欠陥)から区別した。この言い回しは、製造物責任法のもとでも、「具体的な危険性、物理的要因、化学的要因」と欠陥の主張・立証責任の対象となる事実を要求しないとの整理につながる。また、この判決は、第2に、「物的な欠陥」から「引渡時の欠陥」を推認するという方法にも道を開いている。このようにして、欠陥についての主張・立証面での被害者の負担は軽減される余地がある。因果関係についても同様に考えることができる。なお、製造物責任法3条に基づく請求を考えるうえでは、同条に基づく請求をすることのできる「損害」についても注意が必要である。同条本文によれば、損害賠償請求は、「引き渡した物の欠陥により人の生命、身体又は財産を侵害した」ことによって生じた損害である。これに対して、「その損害が当該製造物についてのみ生じたときは」、同条本文による請求は差抑えられる(同条ただし書)。本問では、Xへの健康被害が生じているため、このことは、同条ただし書に反する。次に、こうして、製造物責任法3条に基づく損害賠償請求をされた「製造業者等」は、民法722条2項による過失相殺の抗弁(損害賠償義務の違反を理由とするものを含む)、判例によれば、民法4条1号に基づく「開発危険の抗弁」をなすことができるほか、製造物責任法4条1号に基づく「開発危険の抗弁」をなすことができるほか、製造物責任法4条2号・3号に掲げる事由を提出する余地がある。「当該製造物をその製造業者等が引き渡した時における科学又は技術に関する知見によっては、当該製造物にその欠陥があることを認識することができなかったこと」を内容とする抗弁である。もっとも、「認識可能性がなかったこと」が緩やかに解されてのでは、過失における「予見可能性」に近づき、「開発危険の抗弁」が「普通の抗弁」との変わりないものとなり、製造物責任を無過失責任として規定した趣旨に反する。それゆえ、同法4条1号を基準としている科学技術の基準については、製造業者の情報収集・研究能力いかんにかかわらず、引渡時点において入手可能な最高の水準のものが要求されているものと解すべきである。なお、余力のある読者の方は、B・A・Cについて共同不法行為の成立する余地はないかどうかを検討しておればおもしろい(共同不法行為については→本書69頁参照)。3 Dに対する請求:民法709条に基づく損害賠償請求XがDに対して、自己の健康に対する侵害を理由として損害賠償請求をするには、Dに製造物責任法にいう「製造業者等」に当たらないゆえに、民法709条に基づく契約関係のない第三者への一般の不法行為による請求をすることになる。Xとしては、民法709条に基づいて損害賠償請求をするのである。損害賠償請求のためには必要な要件についても、証明を省略する。なお、Dからの抗弁についても、説明を省略する。なお、B・A・Cへの損害賠償は、通説・判例によれば、不真正連帯債務となる。4 Dに対するKの請求:契約不適合・債務不履行に基づく損害賠償請求Kについては、自己に対し、直接的(かつ)に損害がない不適合があったことを理由として、損害賠償請求をすることができるか(564条・615条参照)。このときの要件(種類物売買における履行の提供が不完全)、Dからの反論の可能性などについては、本章の解説を参照されたい。設問関連本問について、Xから、さらに次のような質問があった。あなたとしては、どのように助言をするか。(1) 「αから健康被害を受けた者は、私のほかにはいないようですが、このことは、私の損害賠償請求するうえで、どのような意味をもってくるのでしょうか」(2) 「実は、ここに相談に来る前に、私はαに似た電動ストーブを(あなたのいう化学物質や健康被害と疑われる症状はまったく同じです)D店舗の店員で相談したのですが、『βが原因で健康被害などありえません』といわれました。しかも、βについてはD店舗の保健所の苦情などで化学物質過敏症という症状を訴えている人は一人もいません」ともいわれました。このことは、私の損害賠償請求を認めてもらえるのでしょうか」(3) 「化学物質過敏症という症状については、その定義をめぐって専門家の間でも確立していないとの記載もみかけますが、このこと自体、私の損害賠償請求するうえで、どのような意味をもってくるのでしょうか」(4) 「私が得ることができたであろう逸失利益(逸失利益)については、どのように算定されるのでしょうか」また、同じく、Kから、さらに次のような質問があった。あなたとしては、どのような助言をするか。(5) 「αから健康被害を受けた者は、Xのほかにはいないようですが、このことは、私の損害賠償請求するうえで、どのような意味をもってくるのでしょうか」(6) 「βに契約不適合があるかどうか考えるうえで、決定的な要因は何でしょうか」(7) 「私は、βの診療の際の医療費・交通費などを支払いましたが、これらの費用は、誰が、どういう理由で、誰に対して請求すればよいのでしょうか」(8) 「私は、βを返して、別の電動ストーブをもらいたいのですが、それは可能でしょうか」●参考文献●★新美育文・争点298頁/潮見佳男「『化学物質過敏症』と民事違法論」根岸季雄編『現代社会における責任』(有斐閣・2007)169頁/飯塚和之・リマークス36号(2008)55頁(潮見佳男)