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契約交渉の一方的破棄

A会社は、工作機械メーカーであるB会社と工作機械の製作および設置に関する契約交渉を行い、2月1日に「Bは9月30日までにA機械用の工作機械を製作してAの工場に設置する。代金(品質管理の費用100万円を含む)は1100万円とし、支払は機械引渡しの2週間後とする」との内容で基本的な合意に達した。ところで、この契約を正式に締結するには、A・Bとも、交渉担当者レベルでなく、役員会の決裁を要することになっていたが、時期的にお盆期間中のため、Bとしてはただちに作業にかかる必要があり、Aの交渉担当者と打ち合わせをした後、Bは製造業者から部品の調達費用として300万円を借り、購入した部品のすべてを使って、3月10日までに組立作業の4割を仕上げた(以下、「この仕掛り品」を「本件機械」という)。しかし、3月初旬のAの役員会では、工場の拡充は景気の動向を見極めてからすることになり、Bとの契約はとりやめ、工場も改造しないことにし、3月10日にAからその連絡を受けたBはただちに準備作業を中止した。この場合、BはAに対してどのような請求をすることができるか。なお、Bは会社設立時に、知恵も合せて305万円を弁済しており、また本件機械は汎用性がないため、他に転売することはできず、スクラップにするにも費用がかかるものとする。●参考判例●① 最判昭59・9・18判時1137号51頁② 最判平元・9・4判時1949号30頁③ 最判昭52・2・22民集31巻1号79頁④ 最判昭48・12・16民集25巻9号1472頁●解説●1 契約交渉の一方的破棄における責任の要否契約を締結するかどうかは当事者の自由であり、契約の準備段階として、本来、交渉の当事者は自由に契約を締結しない権利を有し、業務委託者自身が負担した費用を除き、契約が成立しなかった場合に、相手方に費用を請求することはできない。しかし、①一方の当事者が契約成立に向けて確実に締結できると信頼し、相手方もまた、その信頼を抱かせたと認められる場合 (最判昭59・9・18判例)、②契約が確実に行われると期待し、その期待に正当な理由がある場合 (最判平元・9・1992年判例)、③契約交渉が成熟し、当事者が契約が成立するものと信頼するのが当然と見なされる段階に達した場合、その信頼を裏切る形で交渉を打ち切ることは信義則に反し、違法と評価されることがある。そのため、その正当な理由がないながら、いずれの類型と構成しても大差なく、また、①②の信頼の発生は一般に正当な期待に当たらないとされる(東京高判昭和2・10・6民集30巻4号385頁、参考判例①もこれを前提とする)。なお、誤認ないし信頼を惹起した以上はAの交渉担当者であるから、この行為をAに帰責する法的構成も問題となり、これは交渉の際における契約上の責任として信義則上の注意義務が課される契約と見なせる。すなわち、不法行為責任ないしは民法715条を介してAに帰責され、他方、契約責任と解して契約責任類似の責任が問われた場合、履行補助者の証明によることになる。契約責任について、従来、判例は当事者の主張そのまま認める傾向にあったが、最判平22・4・22(民集63巻1465頁)は、契約締結前の説明義務違反事例(その他、契約的射程された契約)につき、これを不法行為責任と明示した。以上は当事者の行為態様に着目した分析だが、交渉担当者に契約を締結する権限は与えられていないが、準備行為にかかわる費用負担の取り決め(これも1つの「契約」である)を結ぶ権限が与えられていることもある。交渉途上で結ばれるこのような契約を「その内容は契約に当たらない」は「中間的合意」と呼ばれ、その拘束力が認められた例もある(最決平16・9・30民集58巻6号1833頁)。もっとも、本問のように単に契約条項を確認したにすぎない場合、当事者に法的拘束力のある「中間的合意」を締結する意思があったかどうかは疑わしく、そのような意思が認定できないときは、交渉破棄の問題として解決するしかない。2 契約交渉の一方的破棄に対して課される責任・責任の効果判例によれば、交渉破棄者とされる責任は、契約の履行責任でなく、損害賠償責任である。履行責任が認められないのは、契約が締結されていないからであるが、同様の理由から、損害賠償にあっても、原則として、履行利益の賠償は認められず(ただし、破棄された者の要求水準が高く、かつ、信頼利益の算定は困難だが、履行利益の証明は容易である場合には、例外的に履行利益の賠償が認められよう(東京高判平9・10・31判時1526号26頁参照))、誠実ないし信頼に基づいてした浪費の賠償、すなわち、信頼利益の賠償にとどまっている。すると、本問の場合、100万円の賠償は認められないことになる(もっとも、本問の場合、設置費用の実費は信頼利益からされる。履行利益は最大でも100万円であろう)。次に、信頼利益の算定にあっては、信頼利益の算定が問題となり、本問では、Bが「契約締結は確実である」と信じたなければ、組立作業にかかることはなかった。すると、金融業者から融資を受け、部品を払うこともなかったであろうから、305万円が信頼利益に当たるとは言えるであろう。また本件機械は他に転売することができず、スクラップにするにも費用がかかるといいうのであるから、部品代価も含まないであろう。しかし、組立てのために費やされた労力も、誠実ないし信頼に基づいて生じた損害である。本件機械の評価が400万円であるなら、部品費用の300万円を差し引いた100万円は「労力+利潤」の額と考えられる。「利潤」は履行利益に当たるので賠償の対象とならないが、実際に費やした労力(たとえば組立作業した従業員に支払った賃金)は信頼利益であり、さらにスクラップにするための付随的費用があるなら、その費用も信頼利益に当たるであろう。なお、信頼利益の賠もあって、民法416条が妥当する。同条は「債務の不履行」との文言からわかるように、一般には履行利益の賠償を想定しているが(改正民法416条2項も参照)、賠償範囲を合理的なものに限定するとの観点から、不法行為においてさえ、判例では民法416条が類推適用されており、ここでも同条の妥当すると解すべきであろう。さらに信頼利益の算定に当たっては、過失相殺等も考慮されるが、Aから連絡を受けたBはただちに作業を中止しており、この点で過失相殺がされることはないであろう。3 賃貸が認められる場合の損害賠償の範囲・所用の帰趨AがBに信頼利益を賠償したとき、本件機械の所有権は誰に帰属するのか。通常契約が締結されていない以上、Bに帰属するはずだが、スクラップにするための費用までAに負担させるなら、むしろ、機械の所有権をAに帰属するとした方が社会的経済的に合理的のようにみえる。しかし、賠償責任者(422条)にも似たこの解決方法は妥当ではないであろう。なぜなら、これではAがBに前述の「利潤」を支払うことなく、機械の所有権を得てしまうようであるから。けれども、そうであるならさらに、AがBに400万円を支払うなら、機械の所有権をAに帰属させても公平ではないか。また4億円に当たる「利潤」しか補償されない点で、契約締結後に注文者が任意解除した(641条)場合の残業ほど強いものではなく、その意味でもバランスがとれているようにみえる(←本郷参照)。A・B間の事後的な交渉により自ずから解決できる問題であろうが、AがBに400万円を支払うという合意は、本件機械の引渡しをAが受けるというのと交換に考えるべき価値もある。●関連問題●(1) 本問で、2月1日の時点で、AとBは役員会の決裁を経て、請負契約を締結したが、その後、AがBとの契約をやりたくなったとする。Aが3月10日にBへの契約をやめると連絡した場合、あるいはやりやめるというわけではないが、機械を安全に完成させるため設置工事をするため、4月30日以降、Aに何度も工場の改造を求めたが、Aが改造しないため、Bが機械を設置できないまま5月15日を過ぎた場合、BはAに対して、またはAはBに対して、それぞれどのような請求をすることができるか。(2) 本問で、Bは工作機械の製作をさらにCに請け負わせ、Bは設置工事のみを行う予定であったので、AとBの交渉時にCも同席を求め、2月1日にCと基本的な合意に達した後、Cが組立作業を開始することについて打合せをし、これに基づきCは金融業者から融資を受け、機械を4割仕上げたが、3月10日、AからBおよびCに交渉の打切りを伝えてきたとする。この場合、CはAに対してどのような請求をすることができるか。(注)(1)と(2)は、独立した問いである。●参考文献●滝沢・126頁/中田=112頁/中田=加藤=道徳=22頁/滝沢=126頁/山本=337頁(2008)102頁/池田=22頁/民集58巻137号9頁(2007)85頁/池田=22頁/池田=22頁/池田=22頁(池田清治)