履行補助者の行為と債務不履行を理由とする損害賠償
A市は、かつて市内で生活し、60年前に亡くなった画家Pの遺品の絵画2枚(以下「甲」「乙」という)の寄贈を受けていた。Pは中央画壇の大家であった。その絵画の署名の下にPの落款印(以下「P印」という)が押されており、Pの作品にはすべて押されていたことから、A市は市の所蔵庫に収蔵していた。A市は、市の文化センターでPの回顧展を開催することとし、Bは、Pの回顧展の開催に際して、甲乙の絵画の修復作業をA市から依頼され、これを引き受けた。その後、Bは、甲乙の絵画の修復作業を、その弟子であり、この種の絵画の修復に習熟したCに依頼し、その旨をA市に伝えた。A市は、これを了承した。Cは、甲乙の絵画の修復作業を完了させ、その報酬を受け取った。その後、A市はPの回顧展に甲乙の絵画を出品したところ、これがPの真作かどうかについて疑問が呈された。これをきっかけに、A市が調査したところ、甲乙の絵画はPの真作ではない可能性が高いことが判明した。A市は、Cに問い合わせたところ、Cは、甲乙の絵画にP印が押されていなかったので、自分でP印を複製して押したことを認めた。A市は、Bに対して、甲乙につき、契約不適合を理由に損害賠償を請求したい。予想されるBの反論を踏まえて、A市の請求の当否を検討しなさい。●参考判例●① 最判昭58・5・27民集37巻4号477頁●解説●1 債務不履行を理由とする損害賠償と債務者の免責(1) 民法415条1項の基本的な構造と帰責事由債務の履行がなされなかった場合、債務者は、債権者に対して、これによって生じた損害を賠償することができる。ただし、その債務の不履行が「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない(415条1項)。契約から生じる債務の履行を理由とする損害賠償を例にとれば、民法415条1項は、次のように考えられている。すなわち、債務者が履行を遅滞したり、履行不能に陥ったりすることを理由とする損害賠償請求をするとき、この請求は、「契約の不履行」(合意は遵守されるべきである)というようなことがおよそあることを前提としており、債務者に帰責事由があることを要する。すなわち、債務者が契約において負うべき内容を契約を締結した。これにより生じる債務は債権者に契約された場合に、契約を守らなかったために、契約を守らなかったことから、損害賠償責任を負うものとされる。このような契約のもとで債務を負担した債務者は、その契約に拘束され、このとき「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」債務者の責めに帰することができない事由」に該当することを理由として、その債務の不履行を理由とする損害賠償債務の発生を免れることはできない(債務不履行の免責を主張する側が免責事由の不存在を証明する必要がある)。この免責事由とは、民法415条1項で「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」債務者の責めに帰することができない事由をいうものである。債務者が負うべき義務の内容は、契約の解釈によって定まるものであるが、民法415条1項では、債務不履行の免責事由として、「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」債務者の責めに帰することができない事由をいう。その免責事由の主張・立証責任は債務者が負うこととなり、債務不履行の免責が認められるための要件は厳格に解されている。(2) 履行補助者の行為の帰責債務者が債務の履行のために第三者を使用した場合(履行補助者)に、債務不履行を理由とする損害賠償責任の成否を判断するにあたって、履行補助者の帰責事由も考慮される。すなわち、債務者の履行のために第三者を使用した場合、債務不履行を理由とする損害賠償責任の成否を判断するにあたって、履行補助者の帰責事由も考慮される。債務者が、契約上の債務の履行のために、第三者を使用した場合には、その第三者の行為についても、債務者自身の行為と同一の注意をもってその善し悪しを判断すべきものと解するのが相当である(参考判例①)。本問では、BはCを履行補助者として使用しており、Cの故意による行為によって、A市に損害が発生している。したがって、Bは、Cの行為について、自己の行為と同一の注意をもってその善し悪しを判断すべきであると解するのが相当であるから、Bは、A市に対して損害賠償責任を負う。本問では、A市がCの使用を承諾しているが、この事実はBの帰責事由の判断に影響を及ぼすだろうか。A市がCの使用を承諾したからといって、Cの故意による行為についてまで、Bが免責されると解するのは相当ではない。(3) 履行の利益の評価本問では、A市はBに対して契約不適合を理由とする損害賠償を請求している。この請求が認められるためには、A市は、Bの債務不履行によって損害が発生したこと、その損害額を主張・立証する必要がある。本問では、A市は、Bとの間で、Pの絵画の修復契約を締結している。この契約において、Bは、A市に対して、Pの絵画を修復する義務を負っている。この修復義務には、絵画の価値を維持・向上させる義務が含まれていると解される。Cが行った行為は、Pの絵画にP印を押すというものであり、この行為によって絵画の価値は毀損されたといえる。したがって、A市は、Bの債務不履行によって損害を被ったといえる。問題は、損害額である。A市は、Bに対して、どのような損害の賠償を請求できるだろうか。A市は、Bの債務不履行によって、Pの絵画の価値が毀損されたことによる損害の賠償を請求できる。この損害額は、Pの絵画の価値が毀損されなかった場合に有していたであろう価値と、毀損された現在の価値との差額となる。また、A市は、Bの債務不履行によって、Pの回顧展の開催が不可能になったことによる損害の賠償も請求できる可能性がある。この損害額は、Pの回顧展が開催されていれば得られたであろう利益となる。3 履行補助者の行為と不法行為責任本問では、A市は、Cに対しても、不法行為を理由とする損害賠償を請求することができる。Cは、A市に対して、Pの絵画を毀損する行為を行っており、この行為は、A市の所有権を侵害する不法行為にあたるからである。4 BのCに対する求償BがA市に対して損害賠償責任を負った場合、Bは、Cに対して、その賠償額を求償することができる。BとCとの間には、修復作業の請負契約が締結されており、Cは、Bに対して、修復作業を適切に行う義務を負っている。Cがこの義務に違反して、Bに損害を与えた場合、Bは、Cに対して、債務不履行を理由とする損害賠償を請求できるからである。2017年改正民法の下での学説・判例では、債務不履行と第三者(履行補助者)の問題は、次のような枠組みで語られてきた。すなわち、⑦債務者が債務不履行を理由とする損害賠償の責任を負うには、債務者に帰責事由がなければならない。⑧ここでの帰責事由とは、「債務者自身の故意・過失および信義則上これと同視すべき事由」である。⑨「債務者の故意・過失と信義則上同視されるこれと同視すべき事由」である。⑩2017年改正前の民法では、この枠組みをもとに、契約上の債務の不履行につき、帰責の根拠を語る際にも、契約上の根拠を語る際にも、それらが契約として判断されていることが、法律構成にあらわれていなかった。他方で、本問に即していえば、「債務不履行であっても、債務者と履行補助者に過失がなければ免責される」ということが語られてきた。民法のもとでは、繰り返し述べたように、契約に即して、①債務内容を確定し、②債務不履行の事実を確定し、③「契約及び取引上の社会通念に照らして」の債務者の帰責事由を判断するというプロセスを基礎に据えて、ここでの問題を処理すべきである。3 異なる観点からの設問設定本問では、以上に述べたほか、別の観点から、個別具体的な契約に即してみたときに、債務者であるBに対して次のような義務が課されているかどうかについても、検討するに値する。これらは、いずれも、本件における修復をすること自体が債務不履行となることを意味するものである。第一は、そもそも、A・B間の契約において、B自身が――たとえ自己と同レベルの技能を有する修復職人がいたとしても――甲・乙の修復をすることに合意されていた場合には、Bは、他人を使用しない義務(自己執行義務)を負っていたのではないかということである。そうであれば、BがCを使用してこのことを自身が債務不履行となることになる。それであれば、BがCを使用してこのことを自身が債務不履行となることになる。第二は、甲・乙を修復する作業を行うためにBが手配してこれをAへ組織し、修復作業に臨んだときに、その組織編成・人的システム構築が不十分であったために、納期に遅れたり、完成した結果に不備があったりしたときに、Aは、(履行遅滞・契約不適合とは別に)Bの組織編成・人的システム構築面での義務違反(これも契約解釈を経てその存否・内容が描かれる)を理由として損害賠償責任を追及することができるのではないかということである。●関連問題●本問をもとに、仮に、AのBに対する損害賠償請求が認められるとしたならば、その場合における損害賠償の可否について、どのような思考の枠組みが考えばよいかを検討しなさい。検討に当たっては、いわゆる相当因果関係説からどのような議論展開になるか、また、いわゆる保護範囲説からはどのような議論展開になるのかを視野に入れつつ、あわせて、契約の内容を確定するという作業が損害賠償の内容を判断するうえでどのような意味をもつのかを考慮しながら、本問の答案に結びつけて整理しなさい。●参考文献●滝沢・393頁