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使用者責任

札幌市の住宅街を中心に、クリーニングの店舗を展開するA社(従業員60名)の社長B(50歳)は、学生の頃から障害者の自立を手助けするボランティア活動に参加しており、いつか自分の店舗でも障害者を雇用したいと考えていた。Bは、A社の従業員数が増加して、障害者雇用促進法の定める法定雇用率を達成する目的もあって、2021年4月1日から、知的障害者C(43歳)を雇用し、札幌市北区の店舗に配置し、ドライ洗いやアイロンがけの仕事に従事させていた。Cは、1つひとつの技術を習得するのに他の従業員よりも時間がかかったが、いったん習得した仕事は、真面目に、確実にこなしていた。さて、2022年4月1日、Cは、店の新人歓迎会に他の従業員とともに参加した。Cは、かくし芸として手品を披露したが、簡単に見破られてしまい盛り上がりに欠ける結果に終わった。翌日、就業時間10分前に、同じ店の従業員D(33歳)が、アイロンプレスの機械の作動準備をしているCのところに行き、「昨日のあんたのかくし芸、受けなかったねえ」としつこくからかった。最初、Cは相手にしていなかったが、3、4分間、しつこきにまとわれ、また、右肩を小突かれるなどしたため、CがDとうとう「いい加減にしてくれないか」といってDを振りほどいたが、その際に、右手に持っていたアイロンプレス機がDの額に当たり、Dは顔面に大やけどを負うに至った。そこで、DはA社に対して、損害賠償を請求する訴訟を提起した。Dの請求は認められるか。現時点は2022年7月とする。●参考判例●① 最判昭和39・2・4民集18巻2号252頁② 最判昭和51・7・8民集30巻7号689頁③ 最判昭和58・3・31判時1088号72頁●解説●1 使用者責任の帰責構造本問のCは、知的障害者の社会参加に熱心のあった社長Bのもとで真面目に働いていたCであったから気の毒に負傷している。このような善意は報われねば気の毒であり、Dの損害回復にみてみぬふりはしがたい。こんなDの請求を認めれば、知的障害者の就労意欲にマイナスの効果を及ぼすだけであるという考え方も、場合によってはあながち立ち入かもしれない。しかし、本問はDがCを負傷させたという事案と気が変わるところはないであろう。本問でなぜDがCを負傷させたという事案にかわって、知的障害者がどのような形で社会に参加することが望ましいのかという問題は、とうてい民法の議論だけで論ずべくことでもないだろう。以下では、あくまで民法の議論の枠内で、理論的に、Dの請求をどのように正当化することが可能かという観点から検討を行うことにしよう。本件事故のきっかけとなったDのいやがらせは、損害賠loggingのレベルでは、後に述べるように過失相殺(722条2項)の内容として考慮すれば足りると考える。さて、本問でDがA社に対して損害賠償を請求するとすれば、不法行為を行った被用者Cを雇用していたA社の使用者責任(715条1項本文)を問うという法律構成が最も妥当である。A社という企業自体の不法行為責任(709条)を問うという法律構成の余地もあるが、本問では、不法行為を行った特定の被用者Cの存在は明らかであり、しかも、企業や製造物責任が問題となるケースのように、企業という組織全体の答責と捉えるのが適切な事案でもない。それで本問では、A社は、実際にDに対して使用者責任を負うのだろうか。これを検討するためには、使用者責任がそもそもいかなる構造を有しているのかを理解しておく必要がある。伝統的な理解に従えば、使用者責任とは、被用者の選任・監督上の過失を理由とする(自己責任説)。民法715条1項ただし書の事由が立証されれば、使用者は免責される(有過失責任)ではなく、使用者の行う不法行為責任を、使用者が被用者に代わって負担する代位責任である。使用者が被用者に代わって負担する代位責任であると解しても、被用者の責任の代わりではないしかし、被用者が行う不法行為責任を、使用者がその責任を代わって負担するにすぎないと把握するわけではない。結局、使用者責任が被用者を使って利益を上げた以上、被用者が引き起こした損失は被用者に負担させるのが公平である)ため、使用者が被用者を雇い用いて社会に対し危害を作り出している以上、そこから生ずる損害は引き受けなければならないという考え方が挙げられるのが通例である。このような思想に照らすと、企業活動に伴って生ずる他者への加害について、使用者の免責(715条1項ただし書)は容易に認められるべきではない。本問においても、被用者の加害が実際に認められた事例はごくわずかにとどまっている。しかし他方で、使用者は被用者責任を代わりにするにすぎないという理論に立てば、使用者自身の行う不法行為によることを主張・立証しなければならないはずである。それでは、本問の加害者である被用者Cが知的障害者であり、責任能力が欠けている可能性がある場合に、A社の使用者責任は否定されてしまうのだろうか。そもそも、第2に本問では、就業時間前のCの暴行に起因する損害が問われているが、そのような行為の結果についてまで、使用者は責任を負うのだろうか。報償責任や危険責任を求める声がとても大きいとしても、企業活動と無関係の被用者の行為の結果についてまで、使用者が責任を負う理由はないからである。これを、「事業の執行について」(715条1項本文)という文言をどう解釈したのかという問題である。以下、順に検討しよう。2 被用者の責任無能力と使用者責任の成否責任能力(712条・713条)とは、加害行為の法律上の責任を弁識するに足りる知能のことである(大判大正6・4・30民録23輯715頁)。このような意味に関わらず、知的障害者だからといって、常に責任能力がないということにはならない。もっとも、本問のCに関する記述(知的障害者でクリーニング技術の習得に時間がかかったが、習得した仕事はこなしていた)だけからは、Cの責任能力の有無に即断することは困難なので、問題を解くにあたっては、責任能力がある場合とない場合に分けて、Cに責任能力があるかどうかで場合分けをして、A社の使用者責任を判断する必要がある。だがこのような機械的な答案を書く前に、そもそも本問で、「Cに責任能力がなければ、Aは使用者責任を負う」と考える方が説得的なのかどうかを検討する必要があるだろう。A社という企業の立場からすると、自社の安全配慮義務を認識する方が障害者の人権と比べれば不十分な場合が想定される知的障害者に関する雇用促進法が定める合理的配慮の義務に関する研究(H30.03・74・労働政策研究・研修機構)を参照させる判例も待たれるのであり、A社の責任は、報償責任や危険責任の考え方に照らすと(後述する事業執行性の要件さえクリアすれば)、直ちに肯定されるべきが、たとえCに責任能力がないと判断されるとしても、A社の社長Bが、障害者雇用促進法に定める合理的配慮義務(均等法36条の2、障害者雇用促進法36条の3、36条の4を参照)をA社が遵守している(知的労働者は、短時間として1人0.5人とカウントされる)以上の配慮がなされたことである。また、無過失を理由とする免責の可能性が残る気持ちがあるが、この結論を法的に支える根拠がある、使用者が、周りの大人にやむをえないわけわからずうちのような危険な職務を負わせていた場合に、使用者は、報償責任や危険責任の理論によって両者の責任能力はともに問われることになる。そして、A社の使用者責任は、被用者のための配慮が妥当であったと評価するのかが妥当である。まず、使用者は、被用者の選任や監督について過失がなかったことを証明すれば免責される。その後、企業活動の進展に伴い、使用者の選任・監督上の注意義務は、代位責任の考え方が定着し、現在では使用者責任が報償責任や危険責任の思想に根ざしていることが広く認められるようになった。この代位責任の原則によれば、被用者側の故意・過失が認められる場合には、使用者側の故意・過失が認められるか否かにかかわらず、使用者責任が認められる。このような新しい使用者責任が認められることについて学問の場では肯定的な見解もあるが、代位責任説に基づいて民法715条を捉え、被用者の行為が民法709条の要件を満たすことや使用者責任を問う前提となると解し、②本問のように使用者の厳格な自己責任という考え方で対処する場合、民法715条を類推し、被用者の責に代わって自己の責任を負うと解した場合、さらには、③民法709条を直接適用し、企業自体の不法行為責任を問うのがふさわしい場合などを、事業の危険性の程度や相手の比較の仕方やメカニズムなどによって、さまざまなる責任のあり方を考えていこうとするのが、近時の有力な流れであり、それは正当だと考えられるのである。3 被用者の暴力行為と事業執行性伝統的な代位責任説(1参照)に立つにせよ、今日的な意味での自己責任説(2参照)に立つにせよ、両説の背後にある報償責任や危険責任の考え方に照らすと、企業活動に伴って生じた損害については、被害者ができるだけ救済されるのが望ましい。もっとも、それはあくまでも損害が企業活動に伴って生じた場合である。使用者責任を問うためには、生じた損害が「使用者がその事業の執行について第三者に加えた」(715条1項本文)ものでなければならない。この事業執行性の要件につき判例は、いわゆる外形説を採用し、使用者が事実的不法行為を行った事業でも、「必ずしも使用者がその担当する業務を適正に執行する場合だけを指すのでなく、広く被用者の行為の外形を捉えて客観的に観察したとき、使用者の事業の態様、規模等からしてそれが被用者の職務行為の範囲内に属するものと認められるもの」も含むとする(参考判例①)。自動車運転会社の被用者が、私用に使うことが禁止されていた会社の自動車を運転し起こした交通事故を起こした事例で事業執行性を肯定。学説はこの点について、判例の外形説理論に賛成するものが、その一層の具体化を募るものなどに分かれているが、おおむね、被用者が職務を逸脱したような取引外不法行為の場合にも、報償責任理論に根ざす被害者の信頼の保護という観点から、また事業執行性の観点からもうかがえるように、実質的に捉えようとする点では共通しているといってよい。本問では、この暴力行為が行われた時間が就業時間前であり、しかもC・D間の口論が、直接業務とは関係のない歓迎会での出来事に由来するものであった点が問題となるが、①Cの行為は、店の内部で、しかも就業時間の直前に行われたこと、②Cは、アイロンプレス機という業務に欠かすことのできない道具を使ってDに損害を与えていること、さらに、③口論の原因となった前日の歓迎会も、少なくともわが国の企業風土の下では、事業の円滑な遂行要素の1つに位置づけられるなどに鑑みると、事業執行性の要件は本問では満たされると考えるのが妥当である。もっとも、本件のC・D間の口論の端緒は、Dの悪質な嫌がらせにあり、DがA社に使用者責任を追求する場合には、過失相殺による損害賠償の減額は免れないだろう。設問関連DがA社に対して使用者責任を追及する場合に、本問と以下の点で異なる場合に、AまたはDの請求は認められるか。(1) Dから被害を受けたA社が、国賠で敗訴した殺人犯人の父親Cを相手に、Dに支払った慰謝料額の全額の支払を求めたことに対して、A社は、個別労働関係紛争のあっせん手続を受けることが可能。(2) C・D間の口論は、前日の歓迎会のCの失敗を揶揄するものであったが、就業時間後のクリーニング店の裏口の外でなされたものであり、しかもDは、このとき警官によって職務質問を受けていた。このとき、A社に対して損害賠償責任を追及することが可能か。●参考文献●★村田一夫「不法行為法〔第5版〕」(有斐閣・2017)216頁/窪田充見『不法行為法〔第2版〕』(有斐閣・2018)203頁/中田太郎・宮謙「『民法行為法』の検証」(有斐閣・2018)192頁(水野 謙)