公序良俗違反・法令違反
バッグ類の卸売業者であるYはかねてからポーカー賭博に夢中になり、借金を重ねてきたが、ついには負け金の借金額が1000万円に達し、困っていた。そのとき、仕入先の1つであるXから、図っているなら金を貸すといわれ、2022年1月10日、Xから1000万円を借りて賭博の借金を全額返済した。その後、YはXから商売への協力を求められ、好意があるもので引き受けることに、Xの内容は偽ブランド品の売買であった。すなわち、有名なブランド品に似せた商品を販売して利益を得るためXが外部から格安の偽商品を買い付け、それをYが販売するという手はずであった。Xは以前にも偽ブランド品を輸入したところ、税関により過度の見積もりで差し止められた。Yは、偽ブランド品の売値が良ければ大きな利益が上がることを予期してもちかけたのである。そこで、Xが偽ブランドマーク入りの皮製バッグ100個を500万円で外部から買い付けた後、同年3月1日、Yに2000万円で売却する契約を結び、ただちにYがバッグを受領した。代金支払は同年4月1日という約束であった。X・Yとも、偽ブランド品の売買が不正競争防止法および商標法に違反することを知っていたが、ロゴマークをつけただけで高くても買う客のほうが悪いと思っていた。それに、以前にXがかわった偽ブランドバッグの販売では、バッグ自体がしっかりした品質であったので、購入した客から特に苦情はなく、それどころか返礼に感謝のほどで、Yが仕入れた後、同年3月10日に「高級バッグ」として1個35万円で売り出したところ、予想どおりたちまちすべてが売り切れた。その後、XからYへの代金の請求と、売買代金の支払期限が到来したので、XはYに請求したが、Yは支払わない。そこで、商標権の請求訴訟を起こしたが、これらは認められるか。[参考判例]① 最判昭29・8・31民集8巻8号1557頁② 最判昭39・1・23民集18巻1号37頁③ 最判平13・6・11時1757号62頁[解説]1 公序良俗違反・法令違反本問では、賭博で負った借金を弁済するための借金や不正競争防止法、商標法違反の売買が問題にあげられている。これらの契約について、その内容が公序良俗違反や強行法規違反として無効になるのではないかを検討しなければならない。2 動機の不法公序良俗に反する法律行為(契約など)は無効である(90条)。平成29年に、公序良俗に反する「事項を目的とする法律行為」から、公序良俗に「反する法律行為」と改正されたが実質的な変更はない。すなわち、改正前から判例は、法律行為の内容だけでなく、法律行為が行われた過程その他の諸事情を考慮していたので、それを条文上も明確にしたものである。では、公序良俗とは何か。社会の妥当性を欠いと考えらえることもあり、さまざまな類型があるが、賭博契約に反する法律行為はこれにほかならない(競馬など、法律によって認められている場合は別である)。本問では、賭博契約自体が問題となっているのではないことには注意してほしい。すなわち、X・Y間の借金(消費貸借契約)自体は、通常の契約であり公序良俗(90条)に反するということにはならないそうである。しかし、その借金はYの賭博のためのものであり、Yが賭博で負った多額の債務の返済のためであるから、XがYとした契約の「動機」が不法であったということになる。この動機の不法は消費貸借契約に影響するのであり、もし消費貸借契約も公序良俗違反となれば、無効であり、Yが契約の無効を主張できる可能性がある。動機の不法についての判例・学説は、以下のような状況にある。判例は、賭博の借金のための金銭消費貸借が、最判昭47・4・25判時669号60頁、最判昭和61・9・4判時1235号97頁)、賭博に負けた返還金を目的とする消費貸借(大判昭和3・3・30民集7巻578頁)などにおいて、不法の目的が表示されていたことを前提として公序良俗違反により無効としている。しかし、禁制品の密輸資金を貸した事例では、不動産を譲渡していたにもかかわらず民法90条の適用がないとされた(参考判例①。この判例には学説の批判が多い)。学説では、不法な動機が法律行為の内容として表示された場合に無効となる、表示説が有力である。表示説は、法律行為の社会的な妥当性を考慮に入れることはこれによってほごにできるが、動機が表示されないときも無効にすると、取引の安全を害するため、法律行為の内容はもっぱら表示行為によって判断するという原則に反する。この説に対しては、動機が表示されるかどうかによって公平負担を図るのでは管理であるという批判がある。そのほかの説として、以下のようなものがある。相手方が動機を知りまたは知りうべき場合に無効とする、認識(可能性)説であると、契約後でも基底時となる、動機の違法性の程度(違法性が強ければ無効に傾く)と、相手方の認識の程度(相手方が知らなければ有効に傾く)とも相関的に考察して判断する、相対関係説によれば、相手方が認識していなくとも無効になる可能性がある。ただ、本問を契約する目的の法律行為は当事者間に無効となり、相手方がその動機を知り得なかった(=善意・無過失)場合は、無効を主張し得ないという、相対的無効もある。本問のX・Y間の金銭消費貸借は、いずれの説によっても無効になる可能性がある。表示あるいは相手方の認識については、本問から明確とはいえないが、賭博に困っているなら金を貸すというXは、XがYの債権者を知っており、そのための借金であることが示唆されていた可能性が強いであろう。ただし、売買契約が無効になったとしても、資金返還請求ができるとしても、Yは1000万円を不当利得として返還できうる可能性がある。なお、不当利得返還請求が否定されるかもしれない(不法原因給付の問題については、→本巻89)。3 取締法規違反の売買の効力本問で、次に検討すべきは、不正競争防止法や商標法に違反するX・Y間の売買が強行法規違反によって無効ではないかということである。このような取締役規定(行政取締目的から一定の行為を禁止制限する法規)に違反する行為の効力について規定がないことから問題になる。本問に類似する最高裁判例が2件ある。まず、有毒アワビを原料に製造販売する業者が有毒性物質であることを知り、かつ、これを混入して製造したアワビ菓子の販売が食品衛生法によって禁止されていることを知りながら、あえて製造のうえ、その販売業者に継続的に売り渡す契約は、2017年改正民法90条により無効であるとされたものである(参考判例②)。強行法規違反というだけでなく、「一般大衆の購買のルートに乗せたものと認められ、その結果公衆衛生を害するに至るであろうことはみやすき道理であるから」2017年改正民法90条違反としてある。また、ポロ社に類似商品事件判決(参考判例③)は、衣料品の卸業者と小売業者との売買契約が、「周知性のある米国のポロ社の商品の表示と同一又は類似のものを使用したものであることを互いに十分に認識しながら、あえてこれを消費者の購買ルートに乗せ、……大量に販売して利益をあげようと企て」から、2017年改正民法90条により無効であるとされた事例である。ここでも、不正競争防止法・商標法に反しているという法令違反を強行法規違反として無効というのではなく、反社会性が強い行為であるから同条に違反するとして無効としている。Xが、反社会性が強い行為である、法令違反に加えて、一般大衆の購買ルートに置いたという事実を重視しており、ポロ社に類似商品事件でも、あえて消費者の購買ルートに置いたことを重視している。一方、学説においては、従来、強行法規(91条)と公序良俗(90条)を切り離す見解が支配的であり、取締法規が強行法規(違反すれば無効)かどうかについては、取引の安全当事者の信義・公平の諸点を考慮するにされ、それぞれの取締法規について、立法の趣旨、違反行為に対する社会的批判の程度の程度、一般取引に対する影響、当事者の信義・公平などを仔細に検討して、決定するほかはないとしていた。しかし、近時の学説では、規範条文と総合判断の内容について双方に有力な異論が主張されている。まず、根拠条文についてであるが、民法91条が強行法規違反について定めており、法規の趣旨によって強行法規か任意法規かの区別するというのが従来説である。しかし、有毒アワビ事件においては当事者の悪性の程度が考慮されており、従来にもすでに現れているように、法規の趣旨だけではなく、総合判断がなされるのであって、それはまさに民法90条の公序良俗の判断である。しかし、近時の研究によれば、民法91条は、反対解釈によって強行法規違反を無効にするという法趣旨をもつものではなく、単に当事者の意思が任意規定(法規)に優先するという文字どおりの意味しかしなかったことも明らかされている。次に、総合判断の内容についても、違反行為がすでに履行されているかどうかによって区別する履行段階論や、取締法規の目的を警察法令と経済法令に分けるという見解がある。前者の履行段階論は、論者によって異なるところもあるが、履行段階に応じて法規の目的や当事者の信義・公平を実現する方向性が変わってくるとみて、すでに履行されている違反行為については有効の方向、まだ履行されていない場合は原状回復の問題が生じないので無効の方向にするというものである。たしかに、食肉の販売は許可が必要であるが許可なく販売しても無効だとしても、商品を引き渡してしまってから無効だとしても返還させるほどのこともないと思える。後者のいわゆる経済的公序論は、取引の効力に関係ない警察法令に違反しても私法上は有効であるが、取引を保護する法令や秩序を維持する法令の違反の場合は無効になるというものである。ただし、取引と直接は関係なくとも、取引に関連する法令に違反した場合と不正競争防止法のように取引と密接に関連する法令に違反した場合とでは異なる場合があるであろう。以上のような判例・学説の状況にかんがみ、X・Y間の売買契約について、総合判断のうえで公序良俗に反して無効とすべきかどうかを検討すべきである。なお、売買契約が無効となった場合、売買代金の請求はもちろんなされないが、引き渡した物について原状回復(121条の2)の問題は残っており、さらにその給付が不法原因給付(708条)とされれば返還請求できないことになる。4 主張・立証責任契約が成立すれば履行請求できるはずであるので、公序良俗違反による無効を主張する側が、公序良俗違反を基礎づける事実を主張・立証する必要がある。したがって、本問の動機の不法の場合であれば、Yの立場によって要証事実が異なるが、たとえば表示説によれば「無償」を主張する側が、賭博のためにという動機が表示されたことについて主張・立証責任を負う。本問では、賭博と異なり公序良俗違反かどうかの判断は難しいのであるが、主張する側が総合判断の基礎となる事実を主張・立証することになろう。関連問題建築業者Xと注文者Yは、建築基準法等の法令に適合しない建物の建築を目的とする請負契約を締結したが、当該契約後、法律の図面で建築確認申請し、いったん完成して検査を受けた後に、契約の図面で違法な工事を行うという悪質なものであった。計画どおり建築されれば、耐火構造や避難通路確保規制に違反するなど、居住者や近隣住民の生命・身体等の安全に関わる重大な瑕疵となるものであった。Xが、Yに違法な建前工事部分を修正する代替工事を行い、Yが追加工事工事部分の代金請求をした場合、Yは応ずることができるか。参考文献川角由和・百選Ⅰ(第6版)(2009)32頁 / 石川博康・百選Ⅰ 34頁 / 大村敦志・百選Ⅰ 35頁 / 曽野裕夫・平成24年度重判65頁 / Before / Afterを質す(森岡知久)(難波讓治)