利益相反行為・自己契約・双方代理
未成年の子X、母Aは、Xの亡父(Aの亡夫)Bから甲土地、乙建物をそれぞれ相続した。その際Aの依頼を受けて、遺産分割協議を主導した伯父C(Aの義兄)が、甲土地と乙建物の所有権移転登記手続を代行した。その際Cは、乙建物の賃貸管理などを全面的にA・X母子の世話をしてきた。2022年5月、Cが代表取締役を務めるD会社は、Y銀行から事業資金の融資を受けるに迫られたところ、その条件として第三者による保証を求められた。そこでCに保証を頼まれたAが、17歳であったXの親権者として、甲土地にD Yからの借入金4000万円の担保として抵当権を設定することを承諾し、Cが、Aの了解を得て、契約書の作成および登記手続を代行した。この契約に際して、Yは、当該融資の用途がDの事業資金でありXの生活費などの利益にはならないことを知っていた。Xの身上保証により、Dは、Yから4000万円の融資を受けることに成功した。やがて上記事業は、成年になったXの知るところとなった。Xは、Yに対して、Aが親権者として締結した抵当権設定契約の効力を否定し、その設定登記を抹消するためには、どのような請求をすることができるか。またその請求は認められるか。[参考判例]① 大判昭和7・6・6民集11巻1115頁② 最判昭和43・10・8民集22巻10号2172頁③ 最判平成4・12・10民集46巻9号2727頁④ 最判平成16・7・13民集58巻5号1368頁[解説]1 民法108条自己契約・双方代理と利益相反行為民法108条の自己契約・双方代理の禁止は、代理権の行使をすべき内部的な減縮・拡張(裏表)に、代理人が自己の利益のために代理権を行使した場合であっても、代理権の性質(代理行為の効果を本人に帰属させるため)および取引の安全の要請との間で、客観的・類型的に範囲・内容を逸脱した内部関係(「義務違反」)から、独立した外部関係(「代理権の範囲・濫用性」)から、代理行為の効力に影響を及ぼさない。つまり、代理権の行使には「権限責任」と「信頼責任」の観点からすれば、不適切な代理行為の存在ははなはだまれながら本人への責任を負うべきである以上、濫用リスクを本人が負担せざるを得むやむを得ない。もっとも、この理由は当てはまらない自己契約・双方代理、すなわち、民法826条が親権者に包括代理権を付与した事例では、とりわけ未成年の子の利益を図るに「反して」と問題となる(後述2・3参照)。さて、いくら誠実義務が代理人の内部的義務であるとはいえ、本人が代理権を授与された代理人が自分自身を相手方とする「自己契約」と、相手方からも代理権を授与されてその代理人となる「双方代理」(その株主総会を客観的にみて、代理人が自分の裁量で任意に判断できるため、その濫用に対する危険性が類型的に高い。そこで「自己契約・双方代理」という外形的な行為を受けるという意味で、民法108条1項本文は「無権代理」とみなすこととした(不法行為補助)。この113条から117条までの無権代理の規定が適用されるため、本人は追認によるか可能となる。ただ例外的に、本人が、「債務の履行」のための事前・事後の必要がないため(108条1項ただし書)、前者は、弁護士が不動産の売買、売主双方から代理権の履行にすぎない移転登記申請(560条)につき代理権を授与されている場合(最判昭和43・3・8民集22巻3号540頁)がある。さらに自己契約・双方代理には該当しないが「利益相反行為」である場合にも、本人の利益保護のおそれが劣ることから、同様に「無権代理」と解することとした。たとえば、2017年改正により民法108条本文が新たに追加したことは、将来負担しうるであろうとの前提にたって、あらかじめ代理人に代理権を授与し、事後的にAが選任された代理人が賃貸人の代理人として賃貸借契約を締結した場合、実質的には自己契約に類似する(参考判例①)。もちろん、いったん包括的に代理権を授与した後で、本人が不利益を被る場合には、民法108条2項ただし書の要件は満たさない。金融商品取引業者に投資信託をすべて任せた場合に自己売買されたものの適正なものであったとして、信頼関係を害するものであったとしても、保証人がその債務につき保証契約を締結する場合も、主債務者が無資力につき保証人の負担となる利益となるだけなので、民法108条2項の適用対象となる。また代理人が自己の配偶者や親族とする代理行為と利益が相反するとする。利益相反行為の該当性について、本人が代理権を授与している場面であれば判断は難しいが、安全に配慮して、民法108条2項本文、当該行為の有効性を前提に無効が判断される。具体例も含めて、民法108条2項の外部判断(後述3)が参照されることになる。なお本問では、債権者(法定代理人A)が会社(第三者)の債務のために甲土地を物上担保に供した行為が(民法108条の利益相反行為)に該当するかが問われ、問題となる。このうち民法108条では、代理人による利益の抽象的危険性から本人を実質的に保護すべく、1項本文では利益の典型的な「自己契約・双方代理」、2項本文では「利益相反行為」一般について、規制することを想定し、1項ただし書では前者の「債務の履行」と本人から許諾がある行為を許容するのみならず、2項ただし書では前者をそもそも利益相反行為に該当しないとみなす。後者の許諾がある行為のみを許容する趣旨である。なお、民法108条については、不特定多数の者の取引相手方から目的物を転得した第三者との間では、とくに規定されなかったものの、不動産の場合は民法94条2項の類推適用、動産の場合は同法192条による保護が考えられる。ところで、商業登記簿上はもとより法定代理人の選任(参考判例②③)、遺言執行者の指定の際にも(826条、後見人等に関する860条・876条の2第3項および876条の7第3項も同様)、民法の内には利益相反行為(取引)を規制する特別規定が多数存在する(たとえば信託法31条、会社法上の利益相反取引については、後述4参照)。2 民法826条の利益相反行為の意義本問では、Xが、Aの行為は民法826条の「利益相反行為」に該当し無権代理であったと主張することが考えられるが、ここでいう「利益相反行為」とは一体的であろうか。民法826条は元来、自己契約や双方代理が必要であっても、未成年の子が自ら行う場合には親権者の同意を与えることができないことから、それに代わる特別代理人の選任を家庭裁判所に請求する必要がある。ところが親権者は、親としての自然的愛情に対する信頼(期待)と子の将来の思惑が客観的に相反し、包括的な財産管理権を授与されているにもかかわらず、早いうちから利益を保護すべく「利益相反行為」を広く解釈し、たとえば相続放棄を促進する(遺産分割協議をすることはできない)。たとえば、親権者が子を代理して相手方とする法律行為であっても子と親権者の利益が実質的に対立する利益相反行為に該当すれば、無権代理となる。たとえば親権者の債務につき子を連帯保証人としたり、不動産に抵当権を設定したりする。親権者が子の連帯保証人になったり、不動産に抵当権を設定したりする。このような民法826条も、子の保護のため利益相反行為の実質的禁止を志向してきた。3 民法826条の利益相反行為の判断基準次、「利益相反行為」は、もっぱら子の利益保護の観点から判断すればいいのか、それとも親権者の包括代理権を信頼する相手方にも配慮する必要があるかの問題となる。判例・通説は、取引の安全との調和とともに、特別代理人選任という事前手続の法定安定性を要素とする、代理行為の有効性を前提に、その判断基準の外形から客観的に判断する。この判断基準からすれば、①親権者が子を代理して、その財産を売却したり、子の名義で金銭を借り受け子の不動産に抵当権を設定したりする利益相反行為と、②親権者が子に教育費・養育費を目的として無償贈与を目的とする。このような不合理・硬直性を回避するには、親権者の動機・目的や行為の実質的な効果・結果を総合考慮し利益相反性を判断するべきである。この方法によれば、利益相反にあたるか否かの判断基準が事後的にしか知られず、相手方の取引の安全を害するため、特別代理人選任により適法な代理権を確保する途が遮断される(法定代理人の選任(民法826条の選任の要請)。さて本問のように、親権者が自己または第三者の債務のために子の不動産を物上担保に供する場合には、利益相反行為に該当する(参考判例②)。利益相反行為によれば、外形上は親権者が直接的な経済的利益を得ないものの、たとえば子の不動産に抵当権を設定し、これに伴って返済できれば可能となり、債務の肩代わりや代物弁済の場面で物上担保の提供が生じるおそれがあることから、利益相反性の承認にあたり(参考判例②)。また第三者が、親権者が子の財産を物上担保に供した場合と同様である。これらを踏まえて、DとCおよびAの関係(人的信用供与の基礎とした連帯保証)を慎重に吟味しつつ、外形判断説により(いわばCを介してAの個人営業とみなせるか)利益相反行為と解されるであろうとの判断を前提に、他方、実質判断説でも、親権者が子の利益と何の関係で本件契約を受けた以上、本問でいうXへの利益が明白であったとしても、それ足らずAが何らかの利益を得ていると評価できるかが判断の分かれ目となろう。そこで両説の優劣に鑑み、取引安全の保護に優れた外形判断説に従いつつも、子の利益保護に不十分な判断・過誤を克服すべく、利益相反性の判断基準を緩和し「子に不当な不利益を課し、親権者が事後評価する」、危険性に変更して厳格な運用を図ることが考えられる。この基準によれば、親権者が子の財産を担保提供した背景的要因として「(債務者)たる第三者との人的関係」さえ存在していれば、上記危険性、つまり利益相反性は承認されよう。本問ではAが、X所有の甲土地を物上担保に供したことで、自らはCからの心理的重圧はもとより所有する建物の物上保証を免れたわけだが、この要件はどのように評価すべきであろうか。なお本問で、Aの行為が外見上形式的には利益相反行為に該当しないと判断されたとしても、Xは、実質的にみれば「代理権の濫用」に当たるとし、民法107条により無権代理とみなされることを主張できないだろうか。判例・通説の外形判断説では、民法826条による子の利益保護に限界が生じるため、民法107条の適用いかんが焦点となるが、本解説ではとりあげない(→本巻115参照)。4 会社法の利益相反取引と民法108条会社法においては、取締役に対して、会社法330条で民法644条を準用して善管注意義務を負わせ(判例・通説によればその具体化として会社法355条で忠実義務を課す)、取締役(つまり厳格な意味での会社の代理人である代表取締役に限定されない)が会社の重要な決定に関与する地位(いわばその影響力)を利用して会社の利益のもとで自己または第三者の利益を図るのを予防するため、会社法356条1項2号・3号は、特に取締役と会社との「利益相反取引」について、取締役は事前に株主総会(取締役会設置会社の場合は会社法365条1項により取締役会)において「重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない」として手続的に規制する(会社法419条2項・428条2項・595条・651条2項も参照)。一般法人法84条・197条は同様の規定を置く)。この利益相反取引の規制対象には、取締役が直接、会社から財産を譲り受けたり金銭の貸付けを受けたりあるいは第三者の代理人として会社と取引をする(「直接取引」)(会社法356条1項2号、取締役同士で拮抗する可能性があるため、会社を代表する者の取締役である場合も含まれる)(ともとれる)、会社が取締役の債務の保証(債権者の債務者)との取引であっても「取締役の利益を保護」したりその債務を引き受けたりするなどの利益相反となる(「間接取引」)とも含まれる。なお、取締役に対する債務の履行などその性質上、会社の利益が害されるおそれのない取引については、判例により、当該承認は不要とされている。そして「株主総会の事前承認」を得た場合に、会社法356条1項2号の「直接取引」のみならず―2017年改正により民法108条2項で「利益相反行為」が追加・明文化されたことを受けて―会社法356条1項3号の「間接取引」にまで民法108条の適用排除が及ぶよう、会社法356条2項も改正された(つまり、上記承認を得た場合には有効に利益相反取引ができる)。他方で、この事前承認を得ずに利益相反取引がなされた場合の当該効力について、会社法上規定はないが、同法356条2項を反対解釈すれば、民法108条の無権代理に準じて無効とされる。ただ第三者との関係では、判例(最判昭和43・12・25民集22巻13号3511頁)・通説は、「取引の安全」を重視して(自ら規制違反の取引をした取締役は無効を主張できないという利益の保護を意味する意味に加えて)会社が「事前承認を得ていないことに関する第三者の悪意を主張・証明しない限り有効である」という意味で「相対的無効」であるとする(参考判例③)。利益相反取引を行った取締役が「その任務を怠った」ときは、会社法423条1項により、会社に対して損害賠償責任を負う。会社法423条3項・428条1項も参照)。なお、上記会社法との関係に2017年に改正された民法108条の影響がありうるのかについては、今後の成り行きを注視する必要があろう。関連問題Yは、所有する住宅をXに賃貸した。その際Yは、今後Xとの間で紛争が生じた場合に備えて、賃貸借契約書の書面に、「和解に際しては自らがXの代理人を選任しその者との間で交渉・締結を行う」という条項を定めていた。Xは、これを承諾し、将来必要となるかもしれない代理人選任のために白紙委任状をYに交付しておいた。その後、家賃の値下げ等をめぐり紛争が生じ、Xが賃料を支払わなくなったため、和解交渉が必要となった。そこでYは、知人AをXに無断でXの代理人として選任し、このAとの間で、すでに受領済みの白紙委任状を使い和解に至った。その内容は、Xが今後毎月の賃料とともに滞納額を分割で支払うべきこと、これに違反したときは、即座の利益を失い延滞分をすべて一括で支払い、賃貸借契約は即時解除となり、当該住宅をただちに明け渡すべきことであった。Xが、YとAの間でなされた和解の効力を否定するには、どのような請求をすることが考えられるか。またその請求は認められるか。参考文献石崎はる美・百選Ⅱ100頁 / Before / After40頁(林貴美)/ ポイント38頁(鎌野邦樹)(白井 徹)