破棄判決の拘束力
A→Y→Xへと移転登記がなされている土地につき、Xは、Aからこの土地を買い受けたのは自分であるとして訴訟を提起した。Xの主張によれば、Yは自分の代理人であるにもかかわらず、Y名義で移転登記したという。そこでXは、YからXへの移転登記、Yに対しては抹消登記を求めた。訴訟では土地の売買契約締結後のYの地位と所有権の帰属が争点となり、Yは代理人でなく、Xに帰属してY自身が土地を購入したと主張したところ、第1審では請求が棄却された。しかし控訴審では、Xの主張が認められ請求認容判決が出され、さらに上告審では破棄差戻しの判決が出た。その理由は、XがY名義で登記させたのはXの意思でY名義に所有権移転登記をさせたものであり、実質、XがYと共謀してY名義に仮装登記をした場合と同様、民法94条2項の趣旨に照らし、XはYが所有権を取得しなかったことを善意の第三者に対抗できない、原判決がYがこの善意の第三者に当たるかどうかを審理判断しなかったのは審理不尽、理由不備に当たる、というものであった。差戻しを受けた控訴審では、Yは代理人でなく、X本人のためにすると示していなかったので所有権を取得したのはYである。そしてYは登記をXに移転する義務とYに移転する義務を負う二重譲渡になるので、XとYとは対抗関係に立つとの理由で、請求を棄却した。このように差戻審が、破棄理由とされた移転登記手続行為につきYが民法94条2項の趣旨の第三者に当たるかどうかを審理することなく、まったく別の民法100条・177条を適用した判決をすることは許されるか。参考判例最判昭43・3・19民集22巻3号648頁解説1 上告審の審判本問は、三段論法も上告審による参考判例①を簡略化したものである。破棄理由とされた判断につき差戻審が審理判断しないまま、他の理由で判決を下してよいか、上告審の破棄理由の判断の拘束力を掲げている。まず、その前提を整理しておこう。裁判所は、上告審、上告理由書などの書面に基づき、訴訟記録がないときは、決定で上告を却下できる(316条・317条1項)。上告裁判所が原裁判所であるときは、受理された上告の理由が明らかに法令違反、絶対的上告理由に該当しないと認められる場合、上告棄却の決定ができる(同条2項、本問でも上告審が最高裁であれば上告理由(312条1項・2項)が、上告受理申立ての理由(318条)、あるいは職権破棄の理由(325条1項)が認められたことを前提とする)。このような決定をしないときは、被上告人に答弁書を提出させ、原判決の当否につき書面審理を行う。審理の結果、上告に理由がないときは、口頭弁論を経ることなく判決で上告を棄却できる(319条)。これに対し、上告を却下また棄却できないときは、原則に戻り、上告裁判所は口頭弁論を開かなければならない(87条1項・3項)。上告審の審判対象は上告(通常上告)された判決の申立ての範囲に限定され(320条)、審理判決もその限度で行われる(313条による296条1項の準用)。上告理由は法律問題に限られ、事実問題については職権調査事項(322条)のほかは審理判断しない。法律問題の前提となる事実認定は、原審が認定した事実を用いる。原判決において適法に確定された事実は上告裁判所を拘束する(321条1項)。口頭弁論による審理の結果、上告理由があっても原判決に影響があるとも限らない(322条1項)。上告理由があっても他の理由で原判決が正当であるとすることもある(323条による302条準用)。逆に、上告理由が認められるにもかかわらず、何らかの法令違反が認められれば、原判決を破棄しなければならない(325条1項・2項)。この場合、裁判は控訴申立てに対する応答がなくなるので、上告裁判所は、原審に差し戻すか自ら裁判をする必要がある。後者は、法令違反を理由に原判決を破棄しても、原判決の確定した事実に基づいて裁判ができるときに、上告審が自ら事件について裁判をすることである(326条)。2 破棄差戻しの手続法律審である上告審は事実認定を自らするわけではないので、控訴審とは逆に、上告審では差戻しが原則である(325条1項)。破棄差戻しを受けた裁判所は、その審理の手続に従い、新たに口頭弁論を開いて審理する(325条3項後段)。実質的には口頭弁論の再開続行となるが、原判決に関与した裁判官は反省に戻ることができず(同条4項)、裁判官は全員交替し(裁判所24条1項)、最高裁は原裁判所と同等の他の裁判所に移送、同条1項・2項)、弁論を更新する(313条、297条、329条による249条2項準用)。従前の手続の主張と証拠は破棄差戻しの後でも効力を有するし、当事者は新たな攻撃防御方法を提出できる[→問題73]。差戻しまたは移送を受けた裁判所は、裁判をするに当たり上告審が破棄理由とした事実上、法律上の判断に拘束される(325条3項後段、裁4条)。もしこの拘束力を認めないと、控訴審と上告審の法律判断が循環する場合、例えば控訴審が差戻しをいつまでも拘束しようとすると、再度上告されて事件が何度も往復して訴訟遅延する可能性もある。このように、破棄判決の拘束力は事実認定制度の趣旨、その合理的な維持のためにあるとみるのが通説であり、既判力とは別の特殊な拘束力と位置付ける有力である。3 拘束力の範囲破棄差戻判決のどのような判断が差戻審を拘束するのか。まず差戻判決では事実上の判断といっても、上告審もできる職権調査に関する事実判断を指す。事実上の判断については、差戻審が新たな資料に基づいて新たな事実の認定。そこで本来の拘束力は法律上の判断に生じる。ただし、上告裁判所も自由に判断できる法律上の判断と、その前提となる事実の確定がセットで初めて拘束力を認められる。その判断の射程は、破棄理由として明示された否定判断(破棄理由として明示された否定判断は、例えば「ある事実があると単純に解釈すべきでない」)と、その判断の論理的必然な前提たる判断に拘り拘束力が生じる。例えば訴訟要件の欠缺を理由に訴えを却下した原判決を破棄したときは、後者の訴訟要件の存在についての判断にも拘束力が生じる。差戻審は訴訟要件なしとの判断をすることはできない。差戻判決は、審理不尽、理由不備、判断不行使を破棄理由とするときは、これらは原判決が判断していないことが破棄の直接の理由であるから、一定の方向の判断を示唆するもので、4 本問について本問では、Zが居宅が理由とされた民法94条2項の適用については判断しなかったのは、破棄判決の拘束力に反するかどうかが問題とされている。まず、参考判例①の事実(破棄判決)は、原審(3次控訴審)は差戻し(2次上告審)を受けた2次控訴審(上告審)上告審は民法94条2項の判断の判断を判決を下した破棄差戻しを受けた裁判所を拘束する効力は、上記の理由で否定した範囲で及ぶ。すなわち、同一の事実関係を前提とする限り、Yが善意であるか否かを判断しなければならないということで、差戻控訴審を拘束する。これに差戻控訴審は、民法100条・177条という別の見解が成り立つのであればそれを適用してもよいとしたのである。元々、Yの控訴審(および訴訟記録)では、YとXとの間の法律関係も審理対象となっていた。参考判例①でも「YはXの代理人でありXが所有権を取得した」との認定に対し、3次控訴審では「Yは代理人であるがXのためにするとの顕名要件を充たしていなかったので所有権はYが取得した」と認定しているものを重視すれば、拘束力は問題とならない。しかし、基本の事実関係について「XがYに土地の買い受けを委任したが、Yが自己の名で契約、登記し、YはXでなくYに登記を移した」という限度で事実認定は同一とみて、事実認定でなく法的評価が異なると考えることもできる。ただし、そうだとすれば、審理不尽、理由不備で破棄されたのであるから、上記通説(例外の2つ目)によれば一定の判断をせよとの拘束力があるはずで、民法94条2項の類推適用をしなければならなかったとして、参考判例①を批判する立場もある。参考文献重点講義民訴751頁/安達=百選228頁(安西明子)