売買目的物の種類・品質に関する契約不適合責任
小規模なワイナリーながら自らの高いワインを生産することで知られているXは、ワインの貯蔵庫を増やすにあたり、Yから、「高いワインの10本組」の趣味が好きなもので、彼が十分に親しんでいる特級のヴィンテージワインを20本、この貯蔵庫にあるものから選んで売ってほしいと頼まれ、1本当たり1万円で売買することに合意し、うれしそうにワインを引き渡すこととなった。しかし、そのうちの10本について、Xの意に反するものであったことが判明した。ワインの貯蔵庫自体は無事であったものの、そこまでの通路が通行不可能となっており、貯蔵庫からワインを取り出すためには100万円の費用を要することとなった。もっとも、Xは、火災の直前に、依頼されていた20本についてだけではあったが、Xは貯蔵庫からワインを選びだすことができていたので、約束の期日にそれをYに引き渡して代金を受け取った。翌日Yは、受け取ったワインのすべてに曇りがないことに気が付き、そのことをすぐにXに伝えたものの、曇りにより甚大な被害を受けたXに同情する気持ちもあり、その曇りは具体的な対応を求めなかった。Xとしては、貯蔵庫から手づかみで選び出したワインを、曇の有無について確認することなくYに引き渡してしまっていたものの、曇の有無によって価格差はもとより一般的に品質の差はないほうが好きであることもあり、Yからの知らせを受けた後も何もせずにいた。それから1年半が経過し、Yはそのワインのうちの1本を飲んだ際に、いつものXの特級のワインとは異なる味であったことに問い合わせたところ、購入したワインのうちの10本は、ラベルの貼り間違えによってその中身がより品質の低い2級のワインであったことが判明した。なお、Xの2級ワインの市場価格は、契約締結時点では特級1万2000円、2級は9000円であったが、その後のワイナリーの喧伝による希少性から2級のものの価格は高騰しており、YがXにワインを引き渡した時点で、特級は4万円、2級は1万4500円となっていた。以上の事実において、Yは、Xに対してどのような請求ができるか。これに対し、Xは、どのような反論をすることができるか。●参考判例●① 最判平成10・10・20民集46巻7号1129頁② 最判平成22・6・1民集64巻4号953頁●判例●1 売買目的物に関する契約不適合責任とその救済手段売主の担保責任をめぐる問題に関しては、2017年改正により、契約の内容に適合した権利の移転・目的物の引渡しをなすべき義務を承認することを前提として(契約責任の採用)、その義務の不履行に関する責任の法的性質に関する統一的・整合的な捉え方が行われている。これにより、2017年改正民法の規定に基づき抜本的な変更が行われている。これにともない、2017年改正民法(以下、「改正民法」という)では、目的物の瑕疵と権利の瑕疵とを区分して個別的に規定され、また、その瑕疵担保責任は無過失責任とは異質の責任として(法定責任として)理解されることもあった売主の担保責任の制度は、物・権利に関する契約不適合を理由とする債務不履行責任についての規律として、一元的に整理・統合されることとなった。ここでは、目的物の種類・品質・数量に関する契約不適合を理由とする売主の救済手段として、追完請求権(562条)、代金減額請求権(563条)、損害賠償請求権および解除権(564条)についての規定が置かれ、そのうえで、以上の諸規定が権利の契約不適合の場合(権利の一部が他人に属する場合を含む)についてもそのまま準用されている(565条)。2 目的物の契約不適合の意義目的物の契約不適合に関する責任が認められるのは、「引き渡された目的物が、種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるとき」であり、目的物が不特定物か特定物かは問われないものの、目的物が引き渡されていること(不完全履行があること)を要する。改正民法562条における「種類」の意義に関しては、①従来の目的物が到達すべき通常有するべき性質を欠いていることを意味する②売買契約(客観説)と、②当事者が契約において合意した性質を備えていないことと解する立場(主観説)が対立しており、主観説が有力だが(参考判例②)、より共通的であったので、改正民法では、目的物の品質に関する契約の適合性の要件等、目的物について当事者がいかなる品質を予定していたのか、またその欠陥等をどこまで契約に織り込んでいたのかを踏まえて判断される契約解釈を通じて判断されるため、その判断の背景は主観説の立場と親和的なものとなっている(品質契約に適合しない不適合について、信頼の原則等を基礎とする解釈がなされる)。また、主観説の根拠とする旧民法570条は削除された。損害という要件(買主側の損害の発生を要件と解されている)が削除されたのだが、その要件の趣旨については売主の無過失責任の性質によって理解しきれると考えられたため、2017年改正により(隠れた)という要件は外されている。3 目的物の契約不適合に関する買主の救済手段(1)追完請求権2017年改正により、契約不適合一般についての統一的な救済手段として、買主の追完請求権に関する規定が新たに設けられ、目的物の修補・代替物の引渡し・不足分の引渡しによる履行の追完を求める権利が買主に認められている(562条1項)。改正民法に関しては、債務不履行における救済手段として規定を置くことも検討されたものの、最終的には、そのような一般規定を置くことは見送られたため、追完請求権は、契約不適合に関する不履行の救済手段に対する規律の特則としての意義を有している。追完請求権の行使方法につき、民法562条1項は、修補・代替物の引渡し等の追完の方法に関してはまず買主が選択して請求することができるとしたうえで、売主に買主に不相当な負担を課しない範囲において、買主とはそれとは異なる方法での追完をすることができる旨を規定している。また、追完請求権の排除事由については、契約不適合が買主の責めに帰すべき事由による場合が定められている(同条2項)。ほか、債務不履行の一般規定に従って、追完の不能(412条の2第1項)の場合───「債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるとき」───にも、追完請求権は排除される。なお、不能に関する以上の表現は、物理的不能だけでなくいわゆる社会通念上の不能を広く含んでおり、これをどのように解するのかについては、今後の判例の集積にまつところとなる。(2) 代金減額請求権買主の代金減額請求権については、改正前民法では数量不足の場合を除き認められていなかったところ、2017年改正に際して、代金減額請求権によって目的物の契約不適合を維持する必要性は、以上の場合に限らず、一般的に認められるものと考えられた結果、代金減額請求権の要件を緩和し、その対象を広げることになった(563条)。代金減額請求権の要件としては、改正前民法が一部解除権として性質を有することを前提として、解除と同様の枠組みが採用されている。すなわち、①代金減額請求をするためには、催告解除の場合(541条本文)と同様、追完の催告をしたうえで相当期間の経過を待たなければならない(563条1項)、②催告で代金減額をすることができる場合につき、無催告解除の場合(52条)と平仄を合わせた要件が定められている(563条2項)、③代金減額請求権は無過失責任ではないので、解除の場合と同様に、発生の帰責事由は代金減請求の要件とはならない一方、契約不適合が買主の帰責事由による場合には代金減請求は認められないこととなる(同条3項)といった整理がなされている。このように、売主に帰責事由がないことによって損害賠償請求権が認められない場合においても、現行民法の損害賠償権があることによって追完請求が認められる場合においては、代金減額については行使可能であるという点に、その存在意義があるといえる。代金減額の算定方法や基準については、明文の規定は設けられておらず、解釈にゆだねられている。この点につき、まず、代金減額の算定方法については、目的物が契約に適合していた場合の価額と実際の目的物の価額の比較に基づく減価割合に応じて代金減額が相当の範囲において認められる(相対的減価説)とみるのが有力であるものの、そのほかの客観的な評価額を基礎として算定する見解も主張されている。また、代金減額の算定の基準時については、契約時・履行時・引渡時のいずれかが基準となるとする見解が分かれており、この点に関しては、買主の代金減額請求は引き渡された物を保有する意思の下に代金額として支払った対価の返還を求めるものであることからすると、引渡時の価額を基準として引渡時までの価額の変動を考慮に入れるべきではないかという見解が有力である。これに対し、契約目的物の価値の変動に応じた救済は代金減額とは異なる(履行利益に関するものであって、契約解除によって実現されるべきである)として、契約時の価額を基準として、契約目的物の契約不適合について算定されるべきであるとみる見解も有力である。後者の見解を基準とすると、AのYに対する請求としては、2級のワイン10本について代金減額請求が認められた場合、10万円×1万円/2万円 = 5万円の代金減額となる。これに対し、契約目的物の引渡時を基準とする見解によると、10万円×3000円/1万2000円 = 2万5000円が代金減額となる。(3) 解除・損害賠償物・権利に関する契約不適合に対する救済手段として、損害賠償・解除に関しては、その要件・効果につき債務不履行の一般規定が適用されるものであり(564条)、その場合における特別な規定は置かれていない。したがって、解除の要件に関しては、改正前民法での目的物の瑕疵の場合の規定が削除されたことから、改正民法541条、542条および543条により、契約目的物の追完が不能であることなどを理由として、売主の帰責事由によるものであることを要する。損害賠償に関しても、売主の帰責事由が必要であり、賠償の範囲については履行利益にも及びうることになる。4 目的物の種類・品質に関する契約不適合を理由とする買主の権利についての期間制限改正前民法では、目的物に隠れた瑕疵があった場合につき、買主は、事実を知った時から1年以内に権利行使をしなければならない旨が定められていたところ(判例570条・566条3項)、2017年改正後においても、この種類・品質における不適合を理由とする買主の権利については、消滅時効の一般原則とは別に、買主が不適合の事実を知った時から1年間の期間制限が維持されている(566条)。すなわち、目的物の種類・品質に関する契約不適合を知った買主は、不適合を知った時から1年以内に不適合の事実を売主に通知する義務を負い、この義務を怠った場合には買主は契約不適合を理由とする権利を行使できないこととされている。なお、従来から権利の権利の保存のために1年の期間内に行うべきことにつき、「売主の担保責任を問う意思を明確に告げること」で足りるとしつつ、その具体的内容として、「売主に対し、具体的に瑕疵の内容とそれに基づく損害賠償請求をする旨を表明し、請求する損害額の算定の根拠を示す」ことなどが必要となるといったのに対し(参考判例①)、2017年改正により、不適合があることの通知のみで買主の権利が保存されることになり、判例の立場よりも買主の権利保存にとってより緩和された取扱いとなっている点に留意を要する。また、買主の通知義務を基礎とした1年の期間制限については、引渡しの時に売主が不適合を知りまたは重大な過失によって知らなかったときは、そのような保護を与える必要性に乏しいことから適用されないものとされている。なお、566条ただし書によりこの期間制限を適用しないものとされている買主の期間制限に関する規律は、消滅時効の一般原則の適用を排除するものではなく、期間内の通知によって保存された買主の権利は、引渡時から10年または不適合を知った時から5年という二重の時効期間のもとで、消滅時効にかかることとなる(166条1項)。◆設問問題◆(1) Xは、不動産販売業者のYからマンションの1室を購入し居住していたところ、Xの過失なく火災が発生し、Xの居室内で火災が発生した。Xの居室にはその専有部分に防火扉が設置されていたが、防火扉の電源のスイッチが切られていた状態でYからXに対し特別の注意もないまま引き渡されたため、本件火災の際に防火扉は作動しなかった。Xは、防火扉が正常に作動していたならば延焼が及んでいなかったはずの居室内のA区画において、火災により重損害を負った。なお、焼損したA区画の壁や天井等を修補するには、500万円の費用がかかる見込みである。Xは、Yに対してどのような請求ができるか。これに対して、Yはどのような反論をすることができるか(参考判例①・最判平成17・9・16判時1912号8頁)。(2) Xは、A不動産の分譲アパートを建築するためにBと土地の売買契約を締結するについて、A不動産業者のYに相談したところ、Yの所有・管理しているB土地を3000万円で購入することになり、その旨合意の上、代金の支払とB土地の引渡しが行われた。その後、YはC都市計画審議会により将来的に都市計画道路が整備される予定区域内にあり、そこにはXの予定する規模のアパートを建築することができないことが判明した。Xは、Bが土地の使用制限を受けていることについては知りえなかったものの、Xは、自らの調査によりそこでのことを把握していたものの、近所の許可等の緩和によって4階建ての建物を建てることは可能であると判断していた。以上の事実において、XはYに対してどのような請求ができるか。これに対し、Yは、どのような反論をすることができるか。●参考文献●*後藤巻則「契約法259頁/長坂純「新民法講義1」(信山社:2021)112頁/後藤巻則『契約法講義』(第4版)(弘文堂:2017)296頁/ポイント講義 民法(石川博康)