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引換給付判決と処分権主義

YはXとの間でX所有の建物(以下、「本件建物」という)について2年間の定めの賃貸借契約を締結し、引渡しを受けた。その後、契約の更新が繰り返されたが、2023年になってXから解約の申入れがあり、Yがこれを拒絶した。そこで、Xは、契約終了に基づき、本件建物の引渡しと契約終了から明渡しまでの賃料相当損害金の支払を求めて訴えを提起した。口頭弁論において、Xは、解約の正当事由として、本件建物を高層ビルに建て替えて収益性を上げる経済的必要性を主張するとともに、建物明渡しと引換えに2000万円の支払をすると述べた。Yは、正当事由の存在を争い、請求棄却判決を求めた。裁判所は、証拠調べを経て、Xが3000万円の立退料を支払うならば正当事由が認められるとの判断にいたった。(1) 裁判所は、どのような審理および判決をするべきか。①仮に、Xが、4000万円の支払をすると述べていた場合、裁判所のなすべき審理および判決は異なるか。●参考判例●① 最判昭和46・11・25民集25巻8号1343頁② 最判昭和33・6・6民集12巻9号1384頁●解説●1 立退料の性質本問では、賃貸借契約後に契約の更新がなされ、期間の定めのない契約となっており、賃貸人が適法な解約申入れをしてから6か月を経過した時点で賃貸借契約は終了する(借地借家27条1項・28条1項)。もっとも、この解約申入れは、賃貸人の建物使用を必要とする事情などのほか、「建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しに関連して賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮し」て、正当事由が認められなければならない(同法28条)。ここでいう「財産上の給付」を一般に立退料と呼ぶ。かつては、正当事由は解約申入れよりもかなり増額しても正当事由は補充されないとの見解もあったが、現在では、立退料にも正当事由補充機能が認められると見ている。立退料は、それが正当事由を認めるために必要か否か、必要であるとして妥当な金額がいくらであるかは、具体的な事案ごとに、賃貸人および賃借人の事情に応じて決定される。正当事由は規範的要件であって裁判所の総合的な判断に分かるので、また立退料額も客観的基準が確立されているわけではなく裁量的判断によるとされており、そのため、立退料額の判断は訴訟の非訟的性格を有すると考えられている。2 処分権主義と申立事項拘束主義(246条)(1) 申立事項と判決事項 民事訴訟では、当事者が審判対象たる権利関係について、審判対象の特定、審判対象の 実体的な処分および手続の終了について自由に決定できるとする原則を認めている。これを、処分権主義という。そのうち、審判対象を特定する原則に関する処分権主義、あるいは、申立拘束主義と呼ばれる(246条)。この意味での処分権主義は、裁判所に対して当事者(原告)の申立て以外の事項について実体法上の審判をすることを許さない(数量的にこれを超すことを不許すのみならず)という効果とともに、相手方(被告)に対して攻撃防御の目標を明らかにする機能を有する。したがって、裁判所が申立事項の範囲内である限り、判決内容が申立ての趣旨と合理的に合致に含まれている限り、両者の間に齟齬があっても処分権主義に反しない。例えば、金1000万円の損害賠-償債権に基づく支払請求に対して金1200万円の支払する判決は適法だが、金800万円の支払を命ずる判決は被告にも想定される範囲であり、一部認容か一部棄却かの問題である。問題は、このような一部認容・一部棄却ではなく質的一部認容判決をどこまで認めることができるかである。(2) 引換給付判決の意義ーーー判断の食い違いを申し出た場合本問のXが口頭弁論で3000万円の立退料を申し出た場合、「XのYに対する本件建物の明渡し請求は、XがYに本件建物を明け渡した場合」という主文の判決を言い渡すことは、全部認容判決として認められる。もっとも、この判決が確定した場合にも、既判力の客観的範囲は賃貸借契約終了に基づく建物明渡請求権にとどまり、3000万円の支払請求権について既判力や執行力が生ずるわけではない(ただし、信義則による拘束力は認められよう)。したがって、この判決を債務名義としてYがXに対して3000万円の支払を求めて強制執行を開始することはできず、Xの明渡しの強制執行開始を制約するにとどまる(非代替28条、民執31条1項)。それは、本問のように、①申し出ている立退料額が低額(2000万円)である場合、②申し出ている立退料額が高額(4000万円)である場合、裁判所はXが減額した引換給付判決を出すことができるだろうか。さらに、③Xがまったく立退料の申し出をしていない場合、引換給付判決を出すことはできるだろうか。①では問題ない(その1)・(4)が問題ないことをいう。(3) 引換給付判決の適法性(その1)ーーXが一定額の負担を申し出た場合①の場合(Xが金2000万円の立退料を申し出ている場合)について、同様の事案を扱った参考判例①は、裁判所が正当事由を認めるに足りる妥当な額(本問では3000万円)の支払と引換えに立退料として判決をした。上記判例を基にした場合、その理由として、Xは立退料として2000万円もしくはこれと判決の相違ないし一定の範囲の金額で裁判所の決定を金銭をもって支払う意思の表明を表明し、かつその支払と引換えに明渡しを求めているとして、Xの意思表示を根拠としている。学説も、おおむねこの結論には賛成しているといえる。1つの考え方は、引換給付の申出と訴訟物を切り離し、原告の不意打ち防止機能を重視した上で、立退料提供の有無およびその額は、正当事由の評価担事実の主張であると同時に申立事項の範囲を画するとする。したがって、判決における立退料額と原告の申出額との間にはずれがあっても、原告の予測の範囲内であり不意打ちとならない限りでは処分権主義違反とならないとする。この考え方によれば、大幅な増額判決は当事者にとって予想であり申立事項の範囲外だが、予測の範囲内ならば訴訟の趣旨から許容されると説明できる。これに対して、①の場合(申出額が高額である場合)については、同様にずれが小さいならば減額も可能と考える考え方も有力であるが、立退料を減額することは原告の申立てよりも有利な判決となるとして、適法とする説も多い。第2の考え方は、引換給付の申出の有無により訴訟物は異なるとの前提に、立退料支払の負担付の明渡請求権と無条件の明渡請求権は訴訟物(請求)を異にし、前者を訴求した場合には、提案された立退料は原告の求める利益の実現を意味するとの前提に立つ。これによれば、①の場合は原告の利益を一部否定する一部認容判決として説明でき、立退料額の増額は通常想定される原告の不利益を超えるので処分権主義に反すると説明できる。②の場合は、申出額が高額である場合)、中間申立事項・訴訟物の主張を超えた判決であり迅速な解決であり違法とする。さらに、③参考判例①は、上記①の場合について、無条件の明渡請求と負担付の明渡請求は同一の訴訟物であるとした上で、引換給泊は被告の意思に基づいて立退料の増額を認めており、明確ではないが第1の考え方に近いように思われる。仮に、引換給付判決を認めないとすると請求棄却に近いように思われるが、前述の引換給付の原理を当然とする。請求棄却を求めるとすると、引換給付を求めるとする。および増額の必要性、裁判所に正当事由を主張を裏付けとしてXの立退料の要否および増額の必要性、当事者双方に積極的に釈明を求め、とりわけXが2000万円の立退料を上限としていかにするかを慎重に確認すべきである(真に2000万円の上限とする意思であれば、請求棄却判決をすべきである)。なお、②の場合(3000万円)については、上記のとおり、民事訴訟法246条違反との引換給付判決をすることは、上記のとおり、民事訴訟法246条違反との解除権が伝統的には数考えられる。同条が被告に対して不意打ち防止の機能を有することからも、基礎づけられよう。もっとも、原告の意思としては請求棄却よりも、低額の立退料の支払と引換えに判決を望むとの意思解釈が合理的であり、立退料の減額の変更を促すために、裁判所の釈明義務を認めてよいと考えられる。被告にとっても、十分な不意打ち防止がなされる限りでは、再応訴の項を避けるメリットもあり、執行がないことを与え併せると、変更後の立退料申出額を前提とした引換給付判決の適法性を認める余地もあろう。(4) 引換給付判決の適法性(その2)ーーXが無条件の明渡請求をする場合(2)③の場合(Xが無条件の明渡請求のみを請求する場合)にどのような判断をするべきかについては明示する最高裁判例はなく、学説は分かれている。実際上は、裁判所の釈明により、Xが適当な立退料額を提示し引換給付の申出をしたり、裁判所の定める立退料額を支払う旨を主張するなどするため、問題が顕在化することは少ない。しかし、理論的には、釈明がなされてもなお無条件の明渡請求を維持し立退料支払を申し出ない場合に引換給付判決をすることができるかが問題となる。判例が前述の第1の考え方に近いとするならば、無留保の明渡請求に対して引換給付判決をすることも、立退料額が原告の予算の範囲内であって不意打ちとならない限りでは処分権主義との関係では許されることになろう(濱田粉成ほか編『注釈民事訴訟法』[有斐閣・2017]971頁[山本和彦]、青山善充『民訴』140号[1992]112頁、近藤・後掲312頁)。もっとも、釈明がなされても主張を変更しない場合には、原告の意思解釈として、引換給付判決が被告の予測の範囲であるかは自明とはいえないであろう。また、民事訴訟法366条の問題とは別に、立退料の支払申出が正当事由の評価根拠事実であることから、弁論主義の第1原則により、口頭弁論においてXがこの主張をしておらず、裁判所としての引換給付判決が適法となることに注意すべきである(近藤・後掲212頁)。上記第2の考え方によれば、無条件の明渡請求と負担付のそれは訴訟物が異なるから、訴えの変更がない限り(あるいは訴えの変更を認めるべき事情がない限り)、引換給付判決をすることは処分権主義違反となる(伊藤235頁)。立退料の必要性やその金額について裁量的判断が予定されているとしても、立退料提供は原告の自由な意思にかかっており、原告がそれを求めない場合にまで裁量権を認めることはできないとされる(金子一ほか『条解民事訴訟法〔第2版〕』[弘文堂・2011]1326頁[竹下守夫]、下村・後掲116頁も同旨か)。もっとも、この考え方によると、無条件の明渡請求が立退料提供がなく正当事由が認められないために棄却され判決が確定した後、原告は立退料を申し出た上で、それ以外は同一の主張をして明渡請求訴訟を提起できることになる。前訴で被告が立退料の存否について反論を提起するとの方策がない以上、被告に再審への応訴を強いることが適当か、という観点も考慮する必要があろう。●参考文献●近藤満・百選「新法対応補正版」(1998)312頁 / 中山幸二・百選148頁 / 下村眞美・争点116頁(山田・文)