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役立つ知識

訴訟上の証明
2025/09/03
Xは3歳の頃、化膿性髄膜炎のため、Y国(被告)が経営するA大学医学部付属病院に入院した。Xは治療により一応症状は改善したが、これを契機として身体障害者となったところ、A病院に勤務するB医師によるルンバールの施療(脊椎からの髄液採取およびペニシリンの髄注)を受けたが、そのおよそ15分後に突然発作を起こした。その結果、Xには、知能障害および運動障害等の後遺症が残った。そこでXは、これらの障害の原因は本件ルンバールのショックによる脳出血であると主張し、BおよびYに対し、治療費、逸失利益、慰謝料等合わせて2000万円の損害賠償を求める訴えを提起した。これに対してYは、本件発作は、治療の経過中にたまたま発生した、化膿性髄膜炎に随伴する脳炎が原因であると主張し、Xの障害も化膿性髄膜炎による後遺症であり、ルンバールと本件発作や後遺症との間には因果関係はないと主張した。裁判所は、Bの作成したカルテ、Bの証言、および複数の鑑定意見(医学的に因果関係が肯定できると断定できないとするもの)を考慮した結果、次のような事実を認定した。癲癇、けいれん等の発作が、Xが経験したルンバール施療の15分後に起きたこと、Bの都合で施術がXの食事直後に実施され、Xが嫌がって泣き叫んだため、施術が通常より長時間かかったこと、Xにもともと脳出血の傾向があったこと、このような状況の下で脳出血を発症した可能性があること、発作後退院までにBはXの症状の原因を脳出血によるものとして治療をしていたこと、化膿性髄膜炎の再燃の可能性は非常に低く相当な事情は認められないと判明した。これらの事実を前提として、裁判所はXの障害とルンバールの因果関係を肯定することができるか。●参考判例●① 最判昭和50・10・24民集29巻9号1417頁② 最判平成12・7・18判時1724号29頁●解説●1 証明と証明弁論主義の第2テーゼの裏送として、当事者間で争いのある事実については、裁判所は原則として証拠調べをしなければならない。裁判所は、証拠調べの結果と弁論の全趣旨に基づいて、当事者が自由に形成する心証に基づいて行われる(247条)。自由心証主義、ここで、裁判官が自由に形成する心証に基づいて、ある事実を存在するものとして認定することができるが、裁判官が事実を認定することのできる心証の程度を証明度というが、証明度がどの程度のものであるかについては、明文の規定がないので、解釈に委ねられている。2 証明の程度(1) 判例 通説によれば、裁判官が事実に確信を得ることであるが、参考判例①によれば、「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合的に検討し、特定の事実が特定の結果を生じた関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。」。すなわち、裁判官の主観的な確信ではなく、通常人が疑いを差し挟まない程度の高度の蓋然性を基礎に確信を得ることが必要である。参考判例②は、脳神経外科が、患者の意識障害に起因する食道手術について医療費の給付を求めるのに必要な認定申請を却下した行政処分取消訴訟であるが、因果関係の立証は通常の民事訴訟と同じであり、相当程度の蓋然性を証明する立証とした。高度の蓋然性の立証を必要とした。通説も判例の立場に賛成する。証明の程度を、後述のように低く設定然と、事実の証明収集能力が必ずしも十分でない場合には、事実認定が偶然の要素によって左右される可能性があるので、そのような事態を防ぐ必要がある。訴状を変更するよりも事実を変更するよりも蓋然性を重視すべきであり、そうであれば、現状を変更しようとする者に、より高度な証明の負担を課すのが望ましい。さらに、公権力による権利の強制を基礎付ける訴訟の結論は特に確固たるものであるべきである。また、証明度が低いと十分な立証活動によっても勝訴することが可能になってしまうが、当事者による積極的な立証活動を促すためには、高度な証明が必要な蓋然性であるべきと主張する。(2t) 有力説 (1)に対して、訴訟法上証明があったというには、高度の蓋然性までは不要であり、証拠の優越されあれば足りないという学説も有力に主張されている。すなわち、ある事実の存在について立証する場合、立証活動の結果、その事実が存在しない可能性よりも、存在する可能性が高いと判断することができるのであれば、その事実を認定することができる。この見解は、証明度は、事実認定が誤った場合に原告と被告が被る損失、すなわち、誤った事実認定がなされた場合に、当事者および社会が被る損失に比して求められるべきであるとする。そして、民事訴訟においては、通常、原告と被告は対等であるため、原告側に誤って不利益な事実認定がなされるコストと、被告側に誤って不利益な事実認定がなされるコストは同じであるはずである。したがって、証拠の優越、すなわち50パーセントを超える心証を裁判官に得させることができれば、立証に成功したものとして扱うべきであると主張する。また、当事者の中には必ずしも証拠収集能力が高くないものもいるので、常に高度の蓋然性の程度まで立証を要求するのは酷であるとも主張する。さらに、控訴審や上告審が成立するからといって、訴訟という形態のなかで認められているものではない以上、現状維持の価値を重視して現状変更を主張する者に証明責任を重くすべきということにはならない。また、証明度が低い場合には、裁判官の心証は当事者からはわからない以上、当事者は懸命に立証活動を行わなければならないからである。当事者の立証活動を促すために高度な証明を上げる必要性はない、とも主張する。最高裁は高度の蓋然性の基準を使用しているが、参考判例①では、実質的には高度の蓋然性よりも低い証明度を事実認定の基礎としており、参考判例②でも、証明度を軽減した原判決を維持している点などから、その結論とは異なり、証拠の優越を採用しているとも評価されている。3 本問の場合本問では、ルンバールの施術とXの症状との間の因果関係が証明できたといえるかが問題となる。鑑定意見でも示されているように、医学的見地からは因果関係が証明できたとはいえないのである。しかしながら、民事訴訟で最終的に裁判官が行うのは法的評価であり、自然科学的な分析とはではない。また、自然科学的な立証を要すると、訴訟に不毛な科学論争を持ち込む可能性がある。したがって、訴訟上の証明は自然科学とは区別され、むしろより実践的要請の真理に沿った判断といえる。紛争解決をするのが望ましいので、自然科学の見解を重視することはできない。そのため、判例のように、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得る程度の立証があれば、因果関係を肯定することが認められる。本問では、確かに、化膿性髄膜炎の再燃の可能性を完全に否定することはできないかもしれないが、裁判所が認定した事実を前提とすれば、通常人(ただし、まったくの素人という意味ではなく、専門書や専門家などの助けを得てある程度の専門知識をもつにいたった一般人が基準となる)であれば、ルンバール施療とXの症状との間に因果関係があることについて疑いを差し挟まないといえるので、因果関係を肯定することはできる。●参考文献●町村泰貴・百選114頁 / 伊藤眞・民事事実認定11頁 / 加藤新太郎・民事事実認定110頁(杉山悦子)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

訴訟手続の中断・受継
2025/09/03
X国は、日本国内にあるX所有の建物をYが占有していると主張して、所有権に基づき、建物明渡請求の訴えを提起した。訴状の申告には、「原告X国(代表者)X国駐日大使A、(訴訟代理人)弁護士B」と記載されていた。第1審審理中に、日本政府は、Z国と国交を断絶し、これに代えてZ国を承認したが、裁判所はこの事実を斟酌することなく、手続はそのまま進行した。第1審裁判所は原告の請求を棄却する判決をし、原告が控訴した。控訴審裁判所は、この訴訟をどのように扱うべきか。●参考判例●① 最判平成19・3・27民集61巻2号711頁●解説●1 手続の中断・受継の意義訴訟係属中に当事者が死亡したり、法定代理権の喪失等の理由として訴訟追行者が変更される場合、訴訟手続にはどのような影響が生ずるだろうか。(1) 当事者の交替 当事者の交替について考えよう。例えば訴訟係属中に当事者が死亡したとき、一定範囲の親族関係にある者と当事者とは別である。しかし、実体法権利義務を承継する者(一身専属的な請求権は除く)相続によって当事者として権利義務を承継した者から訴訟手続が当然のことながら新当事者として従前の訴訟を承継すること(訴訟承継)が、当事者が死亡したため、その第三者が新当事者(承継人)となる場合も当然に訴訟承継が認められ、新当事者の意思を問わず当然に生ずる。これを当然承継という。の例外がある)。当事者自身の交替のほか、訴訟担当者の交替の場合も同様である。当事者は、承継の意思をせず、裁判所が承継原因を認識していなくても効果が生ずるので、手続の安定を害し、当事者の手続保障のために時間的猶予を与えることが相当である。そこで、当事者の死亡など承継原因が生じた場合には訴訟手続は中断し、承継人との間で手続を再開することとした(124条1項各号)。中断期間中にされた当事者および裁判所の訴訟行為は、中断についての不知・過失にかかわらず、当事者の訴訟承継を前提とした(124条1項)。当事者の訴訟承継を前提とする規定は次のとおりである(以下、括弧内は承継人)。すなわち、当事者である法人の合併による消滅(124条1項1号)、当事者である法人の合併による消滅(同項2号)、信託の終了(受託者)、同項4号、訴訟担当者の死亡または資格の喪失(同項5号)、および選定当事者の全員の死亡または資格の喪失(選定当事者)、同項6号。また、破産法44条1項により、当事者である債務者と破産管財人との間で手続が中断された時に破産管財人が手続きを中断する。中断された手続は、承継人または相手方当事者の申立てによって再開される(124条1項・128条・126条)。承継人がいない場合は、相続財産が法人でないと、職権で、施行を命ずることができる(129条)。(2) 訴訟能力の喪失・法定代理権の喪失 当事者が訴訟能力を喪失したり、法定代理人が法定代理権を喪失する場合がある。このような場合は、当事者に交替はないが、実体的権利義務を承継する者(一身専属的な請求権は除く)相続によって新たに法定代理権を取得した者が新たに訴訟行為を行うことを前提に、手続の中断、新たな法定代理権者から十分に訴訟準備をさせることが適当であり、受継の手続は、この無能力者に特別代理人の選任という(124条1項3号)、受継の手続は、(1)と同様である。(3) 中断の例外 上記のように、中断は新たな訴訟追行者の準備のためであるから、訴訟代理人がいる場合は、手続は中断されない(124条2項)。なぜなら、訴訟代理権は、民法の代理とは異なり、本人(当事者)の死亡によっては消滅しない(58条1項1号)ので、中断事由が生じた場合にも、訴訟代理人は、承継人が決まるまで訴訟行為をすることができる。したがって、訴訟代理人は承継人が決まるまで訴訟行為をすることができ、また多くの場合は承継人との間で判決は承継人の不利益とはならない。そのため、中断事由が生じても、当事者が不利益を被らないように、承継人が訴訟代理人に委任しなおし、手続を中断しない扱いとしている。(4) 特定承継 最後に、訴訟の係属する権利あるいはその手続の中断がなされない場合に限られており、例えば、訴訟追行の対象たる不動産が訴訟係属中に被告から第三者に譲渡された場合、原告としては訴訟の当事者として引受けをさせる(50条1項)。譲受人との間で確定判決を得ることが有益である。譲受人を被告として請求認容判決を得ても、訴訟承継主義の下では、譲受人には判決効は及ばないからである(115条1項3号と対比せよ)。このように、当事者たる権利義務や係属中の訴訟が個別的に移転することにより生ずる訴訟承継を特定承継という。特定承継の方法は2種類ある。1つは、承継人が訴訟対象たる権利を譲り受けた場合に強制的に承継がなされる、承継人が新たな当事者として自ら手続に参加し、従前の義務者との間で(訴訟につき争いがある場合には、従前の当事者との間でも)判決を得る方法である。これを参加承継という(51条による47条~49条の準用)。いま1つは、承継人が訴訟対象たる権利を譲り受けた場合に強制的に承継がなされる、訴訟の相手方当事者が譲受人(承継人)に訴訟を引受けさせる方法である。これを引受承継という(50条3項・51条による41条1項・3項・49条の準用)。承継人には参加のインセンティブがないが、相手方当事者との間で(訴訟につき争いがある場合には、従前の当事者との間でも)確定判決を得る必要があるためである。なお、従前の当事者の承継、権利承継人の引受承継も可能である(51条)。(5) 訴訟承継の効果 承継人は、原則として、従前の訴訟状態を引き継ぐ(訴訟状態承継主義)。したがって、当事者のした自白の撤回や攻撃防御方法提出の遅延等の攻撃防御方法については一定の制限を受けることになる。もっとも、承継人固有の攻撃防御方法の提出は例外であり、また、旧当事者の訴訟追行が承継人に悪影響を及ぼすおそれがある場合には、訴訟の承継の手続保障の観点からすれば、上述の制限は承継に及ぶ場合もあるだろう。2 本問について本問は、国家承認として有名な参考判例①を題材としている。この判決では、国家に関する国際法上の諸問題を考慮するとともに、ここで、承継に関する手続法上の問題を扱うこととする。(1) 当事者の確定 本問では、誰を被告と考えるべきか。学説上、当事者の確定の基準として、表示説、実質説、意思説、行動説等があり、さらに、確定基準によって確定ができない場合にどのように考えるか(規範分類説)は、→問題31)。判例がどの説を採用しているかは定かではないが、少なくとも訴訟提起時に誰を当事者と確定する必要があるかは表示説によらざるを得ない。さらに、確定時には、当事者の手続保障の重視の要請を考慮して当事者を確定しているように見受けられ、結果的に意思説ともいえよう。本問では、表示説、意思説、および行動説によれば被告はXとなりうるであろう。しかし、参考判例①では、原告として認定されるべき者は、本訴提起当時に、その国をXとしていたが、日本政府がZを承認した)時点のZに国名が変更されたとみている……(本訴提起当時)、そのないしZの支配領域を統治する国家主体が、連続的に当事者であったというものであった。したがって、名称がX、Zと変遷する国家の当事者は交替していないとみる。このような抽象的な国家を承認することは学説は異論があるが、参考判例①によれば、当事者(国を代表する)は「具体的には」XからZに交替したことになる。仮にすると、判決の代表の変更が何によることはできるかというと、その代表権の消滅は、(2) 法人政府のZ承認により、Xの代表権は消滅するか。以降、Xの承認による訴訟行為は代表者たる政府の行為とは無関係であるはずである。もっとも、一般的に、代表権消滅の事実は代表者変更のあった当事者(本開する旨を告知)サイドの内部事情であって、相手方がこれを知らずに訴訟行為をする場合には常に代表権消滅の効果(訴訟行為の無効)を及ぼすのは酷である。そこで、法は、代表権消滅の効果は、当事者本人または法定代理者から相手方に通知をしなければ生じないとして、代表権の通知に対する相手方の信頼を保護している(37条の準用する36条1項)。本問では、Yへの通知の事実は現れていないので、代表権消滅の効果は生じないことになる。しかし、民事訴訟法36条の趣旨は代表権消滅の事実を知らないYの保護にあるとすると、本問のように条約によってZが承認された場合には、法の不知と同様、Yの不知を前提とすることはできないであろう。参考判例①は、これを公知の事実とし、承認の時点で、通知があった場合と同様に代表権消滅の効果が発生すると判断した。学説の一部が指摘するように、Z承認の事実が日本社会にあまねく知られていたかは疑問の余地があるが、公知性の意義は、実質に知られていることではなく、当該事実の存在が客観的に認められる点にあるのだから、条約締結による承認は公知性が認められるといえよう。(3) 代表権消滅を理由とする手続の中断このように、Xの代表権がZ承認発生と同時に発生したとすると、この時点で手続は中断し、新たに代表権を有する者(Z)が受継すべきことになる(124条1項3号)。本問では、第1審判決言渡の時点で手続は中断されていたこととなるが、これが看過され、判決等の訴訟行為が重ねられた。したがって、承認時以降の訴訟行為は中断中のものであってすべて無効であり、第1審をもう一度やり直すべきことになる。ただし、Xには訴訟代理人Bがあるので、本来、中断の必要はない(124条2項)。もっとも、訴訟代理たるXとZとの間には利害の対立があり、Zの利益のために訴訟追行をするとは考えにくい。そこで、Xの代理人であったBがZの利益のために訴訟追行をするとは考えにくい。民事訴訟法124条2項を適用する前提が欠けているため、例外的に、手続を中断すべき場合と考えるべきであろう。Yは、受継後には新当事者としてBを解任するこ(4) 控訴審の判断上記のように考えると、Z承認以降の訴訟行為はすべて無効であり、第1審判決も成立せず、その送達も無効となる(132条1項は、口頭弁論終結後に中断された場合を対象とすると解される)。もっとも、判決を当然に無効とするのではなく、法定代理人を欠く手続であった追認の可能性もあるものとして、上訴により取り消すべき瑕疵と考えることができる。そこで、本件控訴は有効に係属したものと擬制したうえで、原判決を取り消し、第1審で新当事者に審級をさせるために差し戻すべきと考えられる(307条1項の類推適用)。上告の場合には、代理人による訴訟追行がなかったとして312条2項4号により上告することができると考えられる。なお、中断事由の存在は、職権で調査し探知すべき事項であり、当事者の主張がなくとも裁判所が職権で取り上げることに問題はない。●参考文献●八大浩一「当事者の死亡による当然承継」民事訴訟雑誌31号(1985)32頁 / 吉田克己「当事者能力基準判決」慶応法学12号(2009)27頁 / 村上正子・平成19年度重要判例138頁 / 山本和彦「最新重要判例250」(弘文堂・2022)29頁・96頁(山田・文)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

自白の撤回
2025/09/03
X工務店は、Yから2023年5月にYの自宅の水周りの工事の依頼を受け、工事を完成させたが、Yが報酬代金を支払わないので、その支払を求めて訴えを提起した。この訴訟の中で、Yが同年8月10日には工事を完成させてYに引き渡したと主張し、Yの代理人であるA弁護士はその事実を認める旨の陳述をした。しかしながら、後に調査したところ、YがXに依頼した水周りの部分から、水道管の工事が未完成で引渡しを受けていないことが判明したため、YおよびAは自白を撤回したいと考えている。どのような事実を主張・立証すれば自白を撤回することができるであろうか。●参考判例●① 最判昭和41・12・6判時468号40頁●解説●1 裁判上の自白の効果弁論主義の第2テーゼより、当事者が自白した事実については、裁判所はこれを判決の基礎としなければならない。このような効果を、自白の裁判所拘束力、あるいは不可争効という。そして自白した事実は証拠調べを要しない(179条)。これを不要証効という。また、その結果、自白当事者の相手方は立証の負担が免除されるので、このような信頼を保護するため、反対の規定から、自白当事者はこの自白の撤回を制限される。これを不可撤回効という。2 自白の撤回の要件(1) 判例 判例によると、一定の場合に自白の撤回が認められる。まず、相手方が撤回に同意した場合である(最判昭和34・11・19民集13巻12号1500頁)。この場合、撤回権の根拠が相手方の信頼の保護や、それに対する相手方の信頼の保護にあるため、相手方がこのような利益を放棄するに際して、撤回を認めてもかまわないからである。また、自白が、相手方の刑事上罰すべき行為によって行われた場合にも、民事訴訟法338条1項5号の趣旨に照らして撤回が可能である(大判昭和15・9・21民集19巻1644頁、最判昭和33・7・民集12巻3号469頁)。ただし、有罪判決が確定するまでは撤回はできない。さらに、自白が真実に反し、かつ自白の錯誤に基づいてなされた場合にも撤回が認められる(大判大正14・9・29民集21巻1530頁)。錯誤とは事実にあり、錯誤について無過失であることは必要ない(参考判例①)。しかし、不真実の証明がなされた以上は、錯誤が推定される(最判昭和25・7・11民集7巻7号316頁)。(2) 学説 相手方の同意がある場合、および刑事上罰すべき行為に基づく場合に自白の撤回ができる点については争いがない。しかしながら、反真実および錯誤要件については、裁判上の自白の意義、不可撤回効の根拠の捉え方によって、見解の相違がみられる。判例と同様の立場を採る見解によれば、自白した当事者は、自白した事実が真実ではなく、かつそれが錯誤に基づいてなされたことを説明しなければ自白を撤回することができない。自白の拘束力が認められるのは訴訟における真実性の発見が重要であるため、相手方が、不利益な事実について陳述した以上は、当該事実が存在する蓋然性が高いという経験則も関係しているので、真実を重視する立場を採る。無制限に撤回を認めると事実を遅延・混乱させる目的で自由に自白を撤回する可能性もあるため、自白の錯誤に基づく場合に撤回を制限すべきであるとする。さらに、判例の要件のうち、反真実要件のみが必要であるという見解と、錯誤のみが必要であるという見解がある。反対要件のみを要求する見解は、錯誤を錯誤とする事実と争点がずれて訴訟が錯綜する可能性を懸念するとともに、自白による相手方の証明責任を免除し、相手方の信頼保護という効果を重視する。争いのないものの、訴訟に現れた裁判上の自白は、相手方が証明責任を負う事実についてなされるのであり(証明責任説)、これを前提とすると、自白を撤回するためには、本来証明責任を負担していなかった事実について、その不存在を証明しなければならない。したがって、相手方の証明責任が免除されるという効果は残ることになる。ただし、自白を撤回するために反真実という証明が成功したのに、裁判解除は行えることになる。また、自白の撤回権の要件を厳しくしすぎると自白の成立が難しくなるので、それを避けるべく、一方では自白の成立を認めつつ、相手方に信頼を惹起した制裁として反真実の証明という制裁のみで緩やかに撤回を認めるべきであるという見解も、ここに分類される。他方で、錯誤があれば自白の撤回、あるいは取消しの主張ができるという見解もある。これは、裁判上の自白を、単なる自己に不利益な事実の陳述と捉えるのではなく、事実を争わない意思として捉える近年の学説の傾向でもある。自白の意思的要素を重視するので、錯誤という意思表示の瑕疵を立証すれば撤回は可能である。ただし、自白の効力は効果意思に係るものではないので、ここでいう錯誤とは表示意思と効果意思の不一致ではない、動機の錯誤である。また、裁判上の自白を、自白対象事項を訴訟の争点から排除する当事者の明確な意思表示であると理解する近時の見解も、反真実を理由に自白の撤回を認めると、反真実性の立証が必要となり、争点整理を効果的に行い、権利対象を排除するという自白の目的に反する結果になるので、動機の錯誤の明確化として処理する。そのため、民法の規定によると、動機が相手に明示または黙示に表示されたことが必要となる(民95条2項)。ただし、錯誤を重く置く立場でも、実際には錯誤の立証は困難であるため、それに代わるものとして反真実の証明を認める見解もある。そもそも、その錯誤の立証が必要であるとしても、何に対する錯誤が必要であるか。その対象が明らかか。例えば、事実を真実であると誤信する錯誤としているようであるが、重要な争点を重要でないと誤解して自白をすることもありうる。また、事実を真実と誤信して自白した場合であっても、動機の錯誤であるので、当然には撤回はできないはずだからである。この立場によると、錯誤の立証、撤回の立証に必要な事項については判例の立場に近づくが、本質的には錯誤を要件となっているので、まずは錯誤を主張させ、その反真実の立証に入らせる運用が望ましいとされる。3 本問の場合判例の立場であれば、自白した事実が真実に反することの立証に成功すれば、自白が錯誤に基づくことも推定されるので、自白を撤回することは可能である。本問では、Xの工事が未完成であること、およびYが調査済みであると自白したことが、完成について争う必要がない点について錯誤があったことなどを立証することが必要となる。ただし、本問では、自白したのが弁護士であり、錯誤に基づいて自白した点につき過失があった点をどのように評価するかも問題となる。判例によれば、錯誤に陥った点につき自白者の過失の有無は問わないので、過失があっても撤回することができる。この点、動機の錯誤に関する意思表示理論を適用して、少なくとも重過失に基づく場合には自白の撤回を制限すべきであるという見解もある。この見解によれば、無過失か軽過失の場合にのみ撤回ができることになる。●参考文献●重点講義(上)499頁 / 田村陽子・百選112頁(杉山悦子)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

権利自白
2025/09/03
Xの夫Aは、函館発の民間機に乗って松島に向かっていたところ、この民間機は飛行中に、訓練中の自衛隊機と空中接触して墜落し、この事故によって死亡した。国(Y)との和解交渉が不調に終わったXは、Yに対して国家賠償請求訴訟を提起した。Xは、自衛隊機のパイロットは、事故の発生状況や態様について詳細に指摘した上で、自衛隊機の飛行に過失があるにもかかわらず、これに言及しない、過失があることを主張した。これに対して、Yは、Xの主張する具体的な事実のうち衝突態様や損害額などについては争いつつも、本件事故の発生について、自衛隊機のパイロットに安全確認上の注意義務に反した包括的一般的過失があると陳述した。裁判所は証拠調べをすることなく、Yの過失を認定することができるか。●参考判例●① 東京地判昭和49・3・1民集25巻1号129頁② 最判昭和30・7・5民集9巻9号985頁●解説●1 権利自白の対象弁論主義の第2テーゼにより、当事者が口頭弁論期日または準備手続期日に相手方の主張と一致した事実を陳述した場合、すなわち当事者間に不利益な事実を拘束する(179条)。これを裁判上の自白というが、この自白の対象が主要事実に限られるのか、あるいは間接事実白というのが、この自白の対象が主要事実に限られるのか、あるいは間接事実についての及ぶのかについては争いがあるものの[→問題30]、基本的には事実の陳述について成立する。しかしながら、訴訟上主張される事実は、実体法上の要件に該当するものとして主張される事実、事実を適用した結果である法律上の陳述についても、一方当事者の主張が相手方の主張と一致することがあり得る。法律上の陳述については、①法規や経験則の内容や存否に関する陳述、②特定の事実の存否とは無関係に法効果にかかる評価を断定する陳述、③権利関係、法的効果に関する陳述があり得る。このうち、①については、本来的に裁判所の職責であるために自白の対象とはならない。②についても、事実の陳述として評価される場合があるが、一般には自白の対象とはならない。これに対して③については見解が分かれる。例えば、所有権に基づく物件引渡請求訴訟において所有権の存在を認める場合や、売掛金請求訴訟において売買契約の成立を認める場合である。これらは、訴訟物の前提となる権利関係や法律関係の陳述であり、権利自白といわれる。判例は、権利自白について、裁判上の自白としての効力を否定するが、事実の自白として評価することができるのであれば、自白の拘束力を肯定する(参考判例②)。学説においても権利自白を否定する見解があるが、それは法律判断は裁判所の専権に属する事項であり、当事者が自由に処分することができないことを理由とする。しかしながら、訴訟物である権利関係、法律関係については当事者の自由な処分が認められている以上、そもそも、法律関係については当事者の処分に一切ゆだねられているとはいえない。また、例えば、所有権に基づく引渡請求訴訟で、所有権の確認を求める中間確認の訴えが提起され、これが認容された場合は、所有権の存在を認める判決である[→問題29]、権利関係・法律関係についての当事者による処分が問題といえる。そこで、一定程度、権利自白にも効力を認める見解も主張されている。例えば、権利自白があれば、権利の存在については一応証明をする必要はなくなるが、この権利の存在を否定する事実が弁論に顕出されれば、異なる法律判断をすることができるという見解がある。さらに、権利自白の拘束を原則として否定しつつも、事実の自白の問題に引きつけて考え、事実の自白としての効力を肯定する見解もある。すなわち、日常的な法律観念に関する陳述について、法規の構成要件に該当する事実を包括的に自白したと評価して権利自白を肯定する見解や、権利と合わせて具体的事実が併せて主張され、それらについて包括的な趣旨が認められるのであれば、事実としての自白の成立を認める見解などである。さらに、正面から権利自白を肯定する見解もある。ただし、無条件に認めるのではなく、日常用いられる通常人が内容を理解している上で法律観念であることを求める見解や、法律関係の内容を理解した上で、それを争わない意思が明らかになった場合にのみ自白の成立を認めるという見解、法律自白が自白主体側の経験によって検証されうる場合に限られるという見解、当事者が十分に把握した上で陳述している場合に限られるという見解のように、自白の成立範囲を限定している。これらは、不十分な知識や認識に基づいて権利自白をした当事者の利益を保護するためである。同様の理由から、自白の範囲も、通常の事実の自白よりも緩やかな要件の下で認められる。また、訴訟物レベルでの請求の放棄・認諾・和解についても、強行法規や公序良俗に違反しない場合、物権法定主義に反しない場合のように、一定の要件の下でしか認められないこととの均衡上、権利自白も同じ要件の下でしか認められない。2 適用について(本問の扱い)同種の問題は、過失を正当事由など、具体的な事実に関する陳述ではなく、これに対する評価を前提とした法律判断についての自白がなされた場合にも生ずる。過失等の法的な評価が主要事実であるという伝統的な見解によれば、当事者が抽象的に過失の存在を自白した場合であっても、事実の自白としての拘束力を認めることになる。これに対しては、法的な評価そのものではなく、これを基礎付ける具体的事実こそが主要事実であるとする近時の有力な見解によれば、当事者が過失等を自白した場合には事実自白の問題となる。そうであると、権利自白を否定する見解であっても、本問のように、Xが過失を基礎付ける具体的事実を指摘しつつYの過失を主張し、YもX主張の事実を基礎付けについて争いつつもその点の結論については認め、包括的に過失を認める陳述をしている場合には、証拠調べをすることなく過失を認定することができるであろう(参考判例①)。また、肯定説の立場でも、Yは本件事故の状況について、事前に調査を行ったりして事実を認識し、これを正しく法的評価をする能力を有していると思われ、Xの陳述の内容を正確に理解した上で、自衛隊機のパイロットの過失を裁判の基礎に含めてよいと自認していると評価できるため、裁判上の自白としての効力は生じよう。●参考文献●高見澤民・民事事実認定41頁 / 鷹巣満・百選106頁 / 松本博之・百選1(新法対応補正版)(1998)216頁 / 山本克己・百選110頁(杉山悦子)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

間接事実の自白
2025/09/03
XはYに対して500万円の貸金債権(以下、「本件債権」という)を有しているが、期日になってもYが弁済をしないので、催告後、返還請求訴訟を提起した。これに対してYは次のように主張した。Xは訴外Aより家屋を賃借契約で月100万円で買い受け(以下、「本件家屋」という)、その代金として200万円支払い、加えて本件債権をAに譲渡し、Yはこれを承認した。その後、XはAに対する債権と相殺して本件債務を完済した。これに対してXは、本件家屋を買い受けたことは認めたが、債権譲渡の事実は否認し、さらに売買契約の事実を前提とすると主張した。第1審はXの自白した売買契約の事実を前提とする。Yの主張、残額代金債務と本件債権が同じであると考慮すると、売買代金の支払として債権であったと認めるべきであると判断して、Xの請求を棄却した。控訴審において、Xは、Aに買付けの斡旋だけの依頼で、売買契約についてはAに自己の責任で自由に交渉し、代行、売買契約として本件家屋の所有権をXに移転したこと、および本件債権についてはAに独立就任のため譲渡したが、取立委任を解除したと主張した。証拠調べの結果、売買契約の存在を裏付ける事実が明らかになった場合、売買契約の認定をし、債権譲渡の事実を否定してXの請求を認めることができるか。●参考判例●① 最判昭和41・9・22民集20巻7号1392頁●解説●1 弁論主義と間接事実弁論主義とその内容について(→問題28)が適用される対象は主要事実なのであるか、あるいは間接事実にも含まれるのか。主要事実とは、訴訟物たる権利の発生、変更、消滅という法律効果の判断に直接必要な事実であり(→問題28)、間接事実とは、経験則や論理法則の助けを借りることによって主要事実を推認するのに役立つ事実である(民訴規53条1項参照)。また、補助事実とは、証拠の証拠能力や証明力を明らかにする事実をいう。一般には、弁論主義が適用されるのは、主要事実に限定されると考えられている。したがって、間接事実については当事者が主張していなくても、その事実を認定することができるし、当事者の自白も拘束しない。その根拠は、弁論主義が適用されると自白した証明を不要にするためであり、間接事実を主張しないとすると、証拠調べをすることができなくなるからである。主要事実を推認するからといって、間接事実から推認する方法がある。たとえば、消費貸借契約の成立の要件である金銭授受という主要事実を立証するとしては、金銭受領の事実を立証するが、金銭授受の事実を立証して、金銭授受の事実を立証するために、金銭授受の事実を立証する必要がある。裁判所はその存否の認定を証拠資料ですることができるので、間接事実の存否についても自由に認定できなければならない。にもかかわらず、間接事実に弁論主義が適用されると、他の証拠から間接事実の存在が明白であっても、当事者が主張していない、それを判決の基礎とすることができず、不自然な事実認定を強いることになり、自由に心証を形成することを制約することになる。しかしながら、主要事実と間接事実の区別は容易ではないし(→問題29)、一般の常識に反する場合においては、主要事実と間接事実の区別が、ただちに弁論主義の適用の決め手となるとはならないことが指摘されるようになった(→問題28)。そのため、当該事実との関係において論点に影響する重要な事実であれば、主要事実の区別を問わず、間接事実を適用するという見解や、主要事実・間接事実の区別を問わず、原則としてすべての事実について主張が必要であるという見解も主張されるようになった。また、主要事実と間接事実の区別は法律家として峻別しつつ、主要事実の認定を左右する重要な間接事実については弁論主義を及ぼすべきであるという見解もある。2 間接事実の自白(1) 裁判上の自白と自白の撤回通説によれば、裁判上の自白とは、一方当事者が口頭弁論または準備手続において、相手方の主張と一致する自己に不利益な事実の陳述を指す。弁論主義の第2テーゼにより、裁判所は自白が成立した事実については、裁判所を拘束し、当事者は証明した事実の証拠を必要としない(179条)。そして、当事者については成立した自白の負担を免れるため相手方当事者の信頼を保護するため、その撤回が信義に反するとして、自白は自由に撤回することが禁じられる(自白の撤回要件については→問題32)。(2) 間接事実についての自白間接事実についての自白が成立するかについては、争いがないが、間接事実についても自白が成立するか、すなわち、間接事実についても弁論主義の第2テーゼが適用され、事実について当事者の陳述が一致した場合には自白の拘束力が生ずるかについては争いがある。弁論主義の適用対象を主要事実に限定する通説の立場によると、自白特有の考慮も必要である。というのも、自白の拘束力には、当事者に対するものと裁判所に対するものとの双方があり、それを分けて分析することも可能であるからである。この点、戦後の最高裁判例では、間接事実の自白は、裁判所を拘束せず、また、当事者も拘束しないとしてきた。すなわち、裁判所は当事者が自白した間接事実とは異なる事実を認定することができ、当事者も自白した間接事実を撤回することができる。通説も間接事実の自白を否定してきた。間接事実の自白が事実に反する場合であっても、この事実を基礎として事実認定について判断しなければならないとする。そして裁判官に無理な心証形成を強要するために、自由心証主義に反するからである。ただし、折衷的な見解もあり、例えば、原則として間接事実の自白の成立を否定しつつも、自白がある場合には、証拠調べをすることなく裁判所が事実認定することを認める見解もある。逆に、自白が心証主義を害するおそれがあることを理由に、裁判所に対する拘束力を否定しながらも、禁反言の原則という法では主要事実と区別する必要はないとして、自白当事者に対する拘束力は肯定して、撤回を否定する見解もある。最近では、肯定説、すなわち、間接事実の自白に、当事者のみならず、裁判所に対する拘束力まで認める見解もある。主要事実と間接事実の区別が困難であることに加え、自由心証主義を害するという点では、誤った主要事実についての自白が成立する場合と変わりがないことがその理由である。また、自白した当事者に対する拘束力のみ肯定する折衷説に対しては、自白した事実について当事者がこれに反する事実を主張したにすぎないにもかかわらず、裁判所は別の証拠調べをして、自白された事実と異なる間接事実を認定することができるので、手続保障の点に問題があるとする。ただし、手続保障の確保を重視した上で、これとは別の間接事実を証拠に基づいて認定することは可能であり、その結果、自白された間接事実から主要事実への推論が別の間接事実の認定により妨げられることがある。例えば、貸金返還請求訴訟において、被告から金銭受領の事実が報告、契約成立の時期に金銭授受があったとすれば、それは相続によるものであると認定された場合、裁判所は金銭授受があったという事実を主要事実と認定することができるが、相続という間接事実が認定された結果、自白された間接事実を打ち消すに足りる別の間接事実を認定することができれば自白の拘束力は消えるとする、この点では自白の拘束力は限定されているわけではない。3 本問の扱い本問において、Yの抗弁における主要事実は債権譲渡であり、本件建物の買受けという事実は、この主要事実を認定する材料となる間接事実である。判例や通説の立場によれば、間接事実の自白は、裁判所も当事者も拘束することはなく、自白の撤回は自由に認められ、証拠調べの結果明らかになった売買担保の事実を認定して、債権譲渡の事実を否定することはできる。これに対して、間接事実の自白を肯定する見解であれば、買受けの事実があった点について裁判所も当事者も拘束され、自白の撤回の要件を満たさない限り、自白を撤回することは認められない。●参考文献●重点講義(上) 491頁 / 石田秀郷・百選108頁 / 中西正・民事事実認定45頁(杉山悦子)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

釈明義務
2025/09/03
XはAの不動産上に抵当権を有しており、当初Xは1番、Yは2番抵当権者であったが、その後順位変更登記がされてXが1番、Xが2番抵当権者となった。XはYに対して、順位変更の合意はなかったとして、順位変更登記の抹消登記手続請求訴訟を提起した。第1審での争点は、Yが抗弁権として主張した、X・Yが抵当権順位変更の合意をした事実が認められるかであった。が、立証のために提出した抵当権順位変更契約書のX作成名義部分の成立が争われたため、Yは、X代表者Bの署名がB本人の自筆によるものかを判断するために必要であるとして筆跡鑑定の申立てをした。ところが、裁判所は鑑定は申出を採用することなく、作成名義の真正を認め、Yの抗弁事実を入れず請求を棄却した。控訴審裁判所は、筆跡について特段の証拠調べをすることなく、人の証明のみに基づいて作成名義が真正に成立したとはいえないと判断し、Y抗弁事実を排斥し、第1審判決を取り消して請求を認容した。控訴審裁判所に釈明義務違反はあるか。●参考判例●① 最判平成3・2・22判時1559号46頁② 最判昭和39・6・26民集18巻5号954頁③ 最判昭和45・6・11民集24巻6号516頁④ 最判昭和51・6・17民集30巻6号592頁⑤ 最判平成22・10・14判時2098号55頁⑥ 最判令和4・4・12判時2534号66頁●解説●1 釈明権民事訴訟法149条によると、裁判長は、訴訟関係、すなわち当事者の請求、主張・立証に関するすべての事項を明瞭にするために、口頭弁論期日や期日外において、事実上および法律上の事項に関して当事者に問いを発し、または立証を促すことができる。これが釈明権である。弁論主義の原則によれば、判決の基礎となる事実や証拠の提出は当事者に委ねられる。裏を返せば、裁判所は、当事者が主張、提出しない事実や証拠についてはこれを考慮できない。弁論主義の結果、民事訴訟の対象となるのが私的自治の原則が妥当する私人間の権利義務に関する紛争であり、訴訟手続においてもこの原則を尊重したものであり、訴訟事件を当事者の意思であれば、当事者の主張が不明瞭であったり、重要な事実や証拠について提出であるがゆえに敗訴するのは当事者の自己責任であり、裁判所があえて提出を促したりする必要はなかろう。しかしながら、このように当事者の不注意から生ずる、真実とは異なる判決がなされるのを放置するのは正義感情に反し、裁判制度に対する信頼を損なうことにもなりかねない。このことは、現行法が本人訴訟を認めており、訴訟追行能力が十分でない当事者であることや訴訟の争点が必ずしも明確でないことを考慮するとさらである。また、弁論主義が承認されており、弁論主義が承認されているとしても当事者が不注意から重要な主張を提出されない場合に、当該主張を判決の基礎とすることができずに敗訴した責任のすべてを、弁護士を選任した当事者に押しつけるのも酷にすぎよう。弁論主義の根拠についても、私的自治の意義のみならず、真実発見に貢献する点からとか、当事者に十分な手続保障を与えるためであると説明されることもあり、このような立場からは、上記のような結果は容認できないであろう。そのため、裁判所に釈明権を認め、当事者の主張を指摘することが認められている。このような補充的な釈明を消極的釈明という。加えて、当事者が提出している張が不当・不適切である場合や、当事者が適当な申立てを怠る、証拠提出等をしない場合に、裁判所がそれを積極的に促す是正的な釈明も認められ、これを積極的釈明という。売買契約の連帯保証債務の履行を求める訴えを提起する債務者の消極的な釈明が問題とされている(参考判例①)。このように、弁論主義の形式的な適用による不都合を回避し、実質的な当事者間の平等を回復するとともに、事実の真相を解明して真の紛争解決を可能にするための制度であり、弁論主義を修正・補充するものとして認められている。もっとも、最終的に事実や証去を判断する権能は当事者にあるため、当事者は裁判所の釈明に応ずる義務はない。2 釈明義務裁判所に裁判所の釈明権であるが、いつ釈明権を行使することは裁判所の裁量に委ねられているといえよう。ただし、釈明については明文の規定がないが当然にあるものと考えられている。いかなる場合に釈明義務が認められ、これに違反した場合にいかなる効果・制裁が用意されているかは解釈に委ねられている。学説によれば、釈明義務の考慮要素として、以下の点が挙げられる。①判決における勝敗転換の蓋然性があったかどうか、釈明権を行使すると勝敗が逆転するとか、判決主文に変更が生ずる蓋然性が高い場合に釈明義務を肯定する。②当事者の申立て・主張における法的に不備が顕著であるか、③当事者の申立て・主張に法的に不備があることが明らかであるにもかかわらず、当事者が釈明に待たずに、釈明権者が適切な申立てや主張・立証することが期待できない場合、④釈明権の行使により、当事者が事件を審理しない、⑤その他の要素。訴訟の技術に習熟するか否かを肯定する方向に向かい、ここに訴訟遅延を招くおそれ等に否定する方向に考慮する。これらの諸要素を総合考慮して、釈明義務の有無が判断される(中野・後掲223頁)。また、当事者の不注意や懈怠による訴訟追行が不十分である、釈明権を行使しない場合に不合理な内容の判決が下されないかという実体的正義の側面と、当事者に不意打ちを与えざるおそれがあるか、当事者の実質的公平を図る必要性があるかという実質的手続保障の側面も考慮すべきである。裁判所が、釈明権を行使すべきであるにもかかわらず、これを行わなかった場合には、釈明義務違反として上告または上告受理申立ての理由(312条3項・318条1項)となる。判例においては、原告が自白した請求原因事実の成立が訴訟の状況に照応して問答した場合、これを認識して、当該区域の一部のみが原告に帰属するとする証言を得たとして、そこされた成立の数量等について回答を促すために、当事者に訴訟方法の証明を提出した価値に相反について、相続税が成立した事実についての当事者による釈明が考えられる(参考判例⑥)。また、第1審、第2審を通じて当事者に主張を提出する具体的な事情が示唆されているにもかかわらず、当事者がこれを避けなかったような法律構成を採用せず、信義則違反を認定したことには、釈明権を行使しなかったとしても違法とみるべきものがあるとする(参考判例⑤)。もっとも、信義則違反については一般条項(→問題28)の問題、事実認定の問題なので、釈明義務の判断に含めてよいものか。3 証拠調べと釈明義務(1) 証拠調べへの釈明義務 釈明義務は、当事者の申立てや主張のみならず、証拠の提出に関しても認められる。例えば、現に提出してある証拠によれば、当事者が証拠申出を行わない場合に争点事実を証明するにはすべてが揃わなければならない場合などである。とくに、判例が証拠調べの結果一定の心証を形成した場合に、相手方に反証の提出を促す釈明義務があるかについては、見解が分かれる。賛否両論があるが、原則として、かつては証拠申出が訴訟記録からみて可能な場合に、控訴審が事実の発見と事実評価を行うため、これら当事者に示して訴訟行為を行う機会を与えなければ不意打ちの判決となる場合に、証拠申出を促す義務があるという折衷的な見解もある(竹下=谷口=斎藤編『注釈民事訴訟法』(有斐閣・1993) 152頁[松本博之])。(2) 本問における釈明義務本問では、裁判所の積極的な釈明義務の範囲が問題となる。釈明義務に関する学説の基準に照らすと、本問では、②は問題とならないところ、①は、控訴審では、筆跡鑑定は一般に信頼性が高いといわれている専門性の高い鑑定人の確保が難しいため、決定的な立証手段とされてはいないが、筆跡鑑定を行えば申出の当事者Yに有利な鑑定結果が得られる余地があるので、勝敗転換の蓋然性がないとはいえない。③控訴審裁判所においては、第1審と同様に筆跡鑑定の申出を可能とする可能性を否定するかについては、例えば、Yが裁判所に対して、文書の成立の真正に疑問を抱いた場合に筆跡鑑定をするように申し出ているような場合には(参考判例①においてはかかる申出があった)、裁判所の釈明がなければ、Yが自発的に証拠を申し出る期待可能性もない。④第1審では、筆跡鑑定の申出がなされたにもかかわらずこれが黙示に却下されているので、控訴審で筆跡鑑定を申立てたとしても、裁判所による証明の申出を拒否するとはいえず、裁判所としてもXに不意打ちを与えるものではなく、当事者の公平を害するともいえない。また、仮に、上記のように、Yが控訴審裁判所に対して訴訟の申立てについて判例の釈明を行使することなく文書の真正について第1審と異なる判断をすることは、Yにとって不意打ちになり、実質的手続保障、当事者の実質的平等の点からも問題がある。したがって、釈明義務は肯定されよう。●参考文献●中野貞一郎「過失の推認」(弘文堂・1978)215頁 / 加藤新太郎「立証を促す釈明について」NBL614号(1997)56頁 / 加藤新太郎・百選(第3版)(2003)126頁(杉山悦子)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

弁論主義
2025/09/03
XはYに600万円貸したが、Yが弁済しないので、支払請求訴訟を提起した。Yは債務を弁済したと主張して争ったが、Aの証人尋問の結果、X・Y間の消費貸借契約は、Yの野球賭博の資金とすることを目的としており、そのことを両者が認識していたことが明らかになった。裁判所は、公序良俗違反を理由にX・Y間の契約を無効として、Xの請求を棄却することができるか。●参考判例●① 最判昭和36・4・27民集15巻4号901頁② 大判昭和13・3・30民集17巻578頁●解説●1 弁論主義の適用範囲弁論主義の第1テーゼによれば、裁判所は当事者の主張しない事実を判決の基礎とすることはできないが、通説によれば、これが適用される事実は主要事実である[→問題27]。主要事実は、訴訟物である権利の発生、変更、消滅という法律効果の判断に直接に必要な事実をいい(主要事実と間接事実の具体については、→問題29)、通常は法律要件事実と一致する。ただし、法律要件が、具体的事実ではなく、具体的事実に近づいてなされる一定の規範的評価を示す概念によって定められている場合がある。過失(民709条)、正当事由(借地借家28条)、権利濫用(民1条3項)、信義則(同条2項)、そして本問で問題となった公序良俗違反(同法90条)などがその例である。これらの規範的評価を含む概念は、一般条項ないしは規範的要件とよばれる。民法、公序良俗等を指し、過失、正当事由等はまとまらず、以下では、とくに断がない限り、このような広い意味で一般条項という文字を用いる。一般条項が問題となる場合に、弁論主義が適用され、その結果、当事者が主張しない限り裁判所が判断をすることのできない主要事実は、一般条項そのものであるのか、あるいは、それを基礎付ける具体的事実なのかが問題となる。これが問題となる具体的な場面としては以下のものが考えられる。第1に、当事者が一般条項を主張し、それを基礎付ける具体的事実をも主張している場合である。第2に、当事者が一般条項については主張しているにもかかわらず、それを基礎付ける具体的な事実を主張していない場合である。第1の場合で、一般条項も具体的も主張しているのであれば、当事者の主張の事実は存在するが、具体的まである場合も、ここに分類できる。第3に、当事者が具体的事実のみを主張しているが、上位概念である一般条項そのものについては主張していない場合である。そして、第4に、当事者が一般条項も具体的事実も主張していない場合である。いずれの場合においても、証拠調べの結果、一般条項を基礎付ける具体的事実の存在が明らかになったとして、裁判所が一般条項を認定することは弁論主義の第1テーゼに違反しないか。第1の場合には、主要事実=一般条項そのもののみの主張によっては、弁論主義違反はない。これに対して、第2、第3の場面においては、具体的事実を捉えるかによって結論が異なってくる。また、一般条項には公序良俗という強いものから弱いものまで、多様なものが含まれることを考えると、第3と第4の場面の扱いについては、一般条項の性質に応じた考慮が必要となる2 一般条項と主要事実一般条項が主要事実かという問題は、第2の場面を念頭に置いて論じられることが多い。通説を軸に考えてみよう。例えば、甲は自ら運転する自動車に対し乙がした行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起し、運転者の過失を主張したとしよう。運転者が一定速度を超えて自転車をはねた行為があるときに運転者の結果、スピード違反はわかることであり、わからなかった場合は、相殺、スピード違反はわかる、わかることがあるであろうか。従来の通説は、一般条項そのものが主要事実であり、それを基礎付ける具体的事実を間接事実と解していた。この見解によれば、当事者は、過失の事実の主張をしていれば足り、スピード違反や脇見運転といった事実にすぎないので、当事者が主張していれば証拠調べの結果からこれらの事実を認定することは可能である。この見解によれば、上記のように、当事者がスピード違反の有無について主張・立証をしているにもかかわらず、当事者が脇見運転の事実を認めて過失を認定することも可能になる。当事者の訴訟活動とは無関係に裁判官の自由な裁量を与えることになる。そこで現在の通説は、主要事実は、裁判所の審理の対象となる、すなわち評価概念であるその存在を証明できるような具体的な事実でなければならず、証拠によって証明すべきは主要事実ではなく、それを基礎付ける具体的事実こそが主要事実であると解している。この見解によれば、当事者が主張していないわき見運転を認定し、過失があると評価することは認められない。一般条項を基礎付ける具体的事実こそ主要事実とよんで、公序良俗違反の扱いも同じではない。3 公益性の高い一般条項と主要事実本問で問題となった公序良俗違反も一般条項であり、現在の通説によれば、これを基礎付ける具体的事実が主要事実となり、弁論主義が適用される。すると、第2、第3の場面のように、当事者が具体的事実を主張していないときには、裁判所はこれを認定することができないことなりそうである。参考判例①も、「当事者が特に民法90条による無効の主張をしなくとも同条違反に該当する事実の陳述さえあれば、その有効無効の判断をなしうるものと解するを相当とする」としており、具体的事実に弁論主義が適用されると解しているように思われる。もっとも、多数説は、公序良俗違反や、権利濫用、信義則違反などについては、一般条項のうちとくに公益性が高いものであり、当事者の私的処分には委ねられていないため(一般条項の一般条項ともよばれる)、そもそも弁論主義が適用されないと指摘する。そうであると、証拠資料からこれらを基礎付ける事実を認定することができるのであれば、第4の場面のように、具体的事実についてすら当事者が主張していなくても、裁判所は一般条項を適用することまで認められる。しかしながら、この立場に立によると、当事者が具体的な事実をまったく主張していないにもかかわらず、一般条項を適用することが当事者の手続保障を害することにならないかが問題となる。例えば、公序良俗違反等を理由とする事件について相手方当事者の争う機会を奪う結果になるからである。そのため、公序良俗違反を基礎付ける事実が証拠などから出ている場合には、裁判所は釈明して、当事者による事実の主張や法的評価を促すべきであるとしつつ、当事者が釈明に応じなくても事実を認定することができるという考え方もある。また、このような種類の一般条項についても、原則としてそれを基礎付ける事実について弁論主義が適用され、当事者が主張しない場合には裁判官が釈明すべきであるとし、当事者がこれに応じなければ事実認定できないという見解や、公益に関わる公序良俗違反については弁論主義の適用は排除され、具体的事実の主張は不要だが、当事者の保護を目的とした公序良俗違反については適用が認められ、具体的事実の主張は必要であるであるという見解も主張されている。また、狭義の一般条項のうち、当事者の利益保護を目的とする権利濫用や信義則については、原則どおり、基礎となる具体的事実が弁論主義が適用されるという見解もあり、狭義の一般条項全体について、公益性の強弱に応じた個別的検討が必要という見解もみられる。(2) 本問の扱い本問で問題となった公序良俗違反は、公益性の強い一般条項であり、主要事実はこれを基礎付ける具体的な事実である。したがって、Xが公序良俗違反を主張していなくとも、これを基礎付ける具体的事実を主張している場合には、裁判所は証拠調べの結果、公序良俗違反を認定して売買契約を無効とする判断をすることはできる。仮に、Xが具体的事実の陳述もない場合、あるいは、主張した具体的事実が公序良俗違反を認定するに足りない場合であっても、Aの証人尋問の結果公序良俗違反を認めることができるので、この場合にも公序良俗違反を認定できるかどうかについては、上記のように見解は分かれているが、多数説によれば、認定できることになろう。●参考文献●大澤しのぶ・百選94頁 / 山本和彦「狭義の一般条項と弁論主義の適用」広中俊雄先生古稀祝賀・民事法秩序の生成と展開』(創文社・1996)67頁(杉山悦子)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

弁論主義
2025/09/03
資産家であるAはすでに妻を亡くしたが、亡妻との間にXとBの2名の子がいた。Aが死亡したため、X・Bが共同相続した。その後Bが死亡し、Bの妻Cが単独相続をした。BからCに対しては、相続を原因としてB名義の土地の所有権登記がなされていたが、これを知ったXが、当初はA個人の相続財産に含まれると主張し、Cに対して共有持分権に基づく所有権移転登記請求訴訟を提起した。Xの主張は以下のようなものであった。本件土地は生前にAがDから購入したものであるが、税金対策上DからBに対する所有権移転登記をしていたにすぎず、実質的にはAの相続財産に属する以上、Aの死亡によりXも相続による2分の1の持分を有することになった。これに対して、Cは、本件土地はDからBが直接購入して所有権を取得したのであり、Bの死亡によりCがその権利を相続したと反論した。裁判所が証拠調べを行ったところ、証人尋問の結果から、本件土地はDからAに対して売却されたところ、Aの事業を手伝っていたBに対して貸与があり、その返済があったことなどが判明した。裁判所は、かかる事実を認定した上で、Xの請求を棄却することはできるか。●参考判例●① 最判昭和25・11・10民集4巻11号551頁② 最判昭和55・2・7民集34巻2号123頁③ 最判昭和57・4・27判時1046号41頁●解説●1 弁論主義とその適用範囲弁論主義とは、訴訟である権利関係を基礎付ける事実を確定するのに必要な資料の収集を当事者の権能と責任に委ねる原則である。弁論主義は以下の3つの内容に分けられる。第1に、裁判所は、当事者が主張しない事実を判決の基礎とすることはできない(第1テーゼ)。第2に、裁判所は、当事者間に争いのない事実については判決の基礎としなければならない(第2テーゼ、自白の拘束力)。第3に、事実認定の基礎とする証拠は、当事者が申し出たものに限られる(第3テーゼ、職権証拠調べの禁止)。本問では、このうちの第1テーゼが問題となる。弁論主義の第1テーゼからさらに派生する原則として、訴訟資料と証拠資料は峻別される。訴訟資料は当事者の主張する事実であり、証拠資料とは、証拠調べの結果から得られる資料であるが、証拠資料によって訴訟資料を補うことは禁じられる。すなわち、証拠調べの結果から、ある事実を認定できる場合であっても、当該事実を当事者が主張していない以上、その事実を基礎として判決をすることは認められない。このような弁論主義が採用される事実については争いがあるものの(→問題28)、通説は、これを主要事実に適用され、間接事実や補助事実には適用されないとする。主要事実とは、権利の発生、変更、消滅という法律効果の判断に直接に直接必要な事実である。これに対して、間接事実や補助事実は、主要事実を推認する証拠力や証拠能力を明らかにする事実である。したがって、主要事実については、証拠調べの結果それが認定することが可能となり、それにより判決の基礎とすることができる。また、第1テーゼからは、主張責任という概念も導かれる。第1テーゼによると、ある事実が当事者によって主張されない限り、その事実を認定することができず、その事実に基づく法律効果の発生は認められない。ある主要事実を主張しないために判決の基礎とされない結果、その結果に基づく法律効果の発生を…〔判読不能〕…当事者は不利益を被るが、この不利益を主張責任という。その適用対象も主要事実である。主張責任は、証明責任の分配と一致し、証明責任の分配については法律要件分類説によるのが通説である。2 主要事実と間接事実の分類以上の弁論主義の適用性の有無が違ってくるために、主要事実を主要事実と間接事実を峻別する必要がある。当事者がいずれに該当するかを判断するのに有効な方法として、当該事実が訴訟から主張されると仮定したら、これが判例事実であるか否かを考える方法がある。積極否認とは相手方が主張する主要事実と両立しない事実を導入することによって、原告が主張する自働債権の売買代金…〔判読不能〕…を主張する場合、原告が売買契約の成立を立証するために代金の支払の約束を基礎付ける事実を主張すると、これが主要事実となる。これに対して、被告が代物弁済はなかったという口約束があったとすると、すなわち贈与があったとすると、これも主要事実となる。これと異なり、消極否認とは、相手方が主張する主要事実の存在を否認するにとどまる。他方で、抗弁とは、相手方が主張する主要事実と両立する新たな事実を導入するものである。抗弁における主要事実は、被告が弁済したという事実を主張する場合、代金の支払という事実と弁済とは矛盾するものではなく、被告に主張責任が転換することになる。しかしながら、当事者が積極的に消滅したという事実を新たに導入するために被告に主張責任、証明責任ともに負うことになる。要するに、抗弁事実であれば主要事実であり、積極否認事実であれば間接事実である。事である。3 所有権取得の経緯来歴と弁論主義の適用範囲上記のような分類を参考にすると、土地の所有権を主張する者はどのような事実を主張しなければならないであろうか。すなわち、所有権取得を主張する者は、どのような事実について主張責任を負うか。そもそも、ある人が土地の所有者であるかどうかを判断する場合には、その者が有効な取得などの方法で土地を原始取得した場合を除き、売買や贈与、相続などといった所有権取得に至る経緯(権原過程)を審理する必要がある。とすると、理屈の上では、ある土地について承継取得があった場合には、承継の前の所有者がであったかどうかを判断しなければならず、その判断のためには前主の前主が所有権であったかを判断しなければならず、所有権取得があった時点までさかのぼって審理することが必要となる。しかしながら、これはナンセンスであるので、実際には、ある者が過去の特定時点で所有者であったという点につき、両当事者で合意が得られた場合には、それを前提に、その者以降の所有権の移転経緯を審理することになる(厳密には権利自白の成否が問題となる点については→問題28)。一般には、甲が所有権を有する土地につき乙が承継取得した場合、乙が自己の所有権を基礎付けるために主張しなければならないことは、①甲が所有権を有していたことから、②甲が所有権を承継取得した事実を主張することになる。甲が所有権の承継の基礎付ける事実、例えば売買契約の有効な存在を主張しなければならない。これらに対して、相手方が、当事者が主張しない理論構成をしてみたとてこの所有権を認めることはできない。理論的には、①と②のみが甲の所有権であることの確定されるわけではない。というのも、②の承継があった後に消滅時効など甲の権利が消滅することもあるし、甲が丙に土地を譲渡することもあり得るからである。したがって、甲で権利が消滅したとの事情が一切存在しないことが明らかになって、はじめて乙が所有権を得たといえるはずである。しかしながら、このような事実の不存在を主要事実として乙に主張責任を負わせるのは、不可能を強いることであり当事者間の公平に反する。むしろ、このような甲の所有権喪失を基礎付ける事実は乙が証明責任を負う①の事実として甲が所有権を有していたことを前提に、抗弁事ということができる。そうであれば、どの権利取得を争う者(例えば丙)が主張責任・証明責任を負うことになり、かつ主要事実となる。したがって、このような事実が証拠調べの結果明らかになったとしても、当事者が主張しない限り、判決の基礎とすることは弁論主義に反する。他方で、甲がそもそも所有権を取得しなかったとか、甲から乙への承継の事実がなかったという事実については、乙が証明責任を負う①の事実と両立しない事実であるので、積極否行の対象となり、間接事実になる。このような事実については、当事者が主張していなくても、証拠調べの結果などから明らかになれば判決の基礎とすることができる。4 本問の場合本問のような経緯の場合には、どうであろうか。参考判例②は、「相続による財産権の取得を主張する者は、(1)被相続人の右財産権が奪われていたときに死亡したこと、(2)自己が被相続人の死亡により同人の相続をした事実の二を主張すれば足り、(3)右財産権が作成される以上、その相続人たる死亡によって同人に右財産権の帰属した原因となるような事実はないかったこと、及び被相続人の死亡の処分の行為により右財産の相続財産から逸失した事実もなかったことをも主張立証する責任はなく、いずれも相手方たるべきものがこれを相続人による財産取得を覆すものとしてこれを主張立証するべきものである」とする。これを応用してみてみると、Xが所有権取得経緯は、①Dから被相続人であるAに売買され、②相続によってXがDからAに土地の持分が移転したものである。これに対して、Cからは土地を買い受けたYのBであり、そのBからCが相続したという主張になる。このような事実については、被相続人であるAが所有権を取得したという事実と両立しない。名義は考慮されない。これに対して、Aが所有権を取得したことを認めつつ、AからBに売買により所有権が移転した、すなわち投機的な処分行為により本件土地が相続財産から逸失したという事実を主張する場合には、これは「被相続人の特段の処分行為により右財産が相続財産の範囲から逸出した事実」として抗弁事項となり、主要事実に該当する。したがって、CがAからBへの所有権移転の事実を抗弁として主張していない以上、裁判所が証拠調べの結果そのような事実を認めたとしても、これを判決の基礎とすることは弁論主義に違反して認められない。●参考文献●重点講義(上) 434頁以下 / 山本克己『弁論主義違反』法教289号(2004)112頁 / 下村眞美・百選90頁(杉山悦子)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

弁論準備手続
2025/09/03
Xは、Yに対し、家屋の建築工事に関する請負代金の支払請求訴訟を提起した。それに対し、Yは、Xのした工事の中には、Yが注文していないものが含まれており、それを差し引けばすでに本来の請負代金は全額支払っている旨を主張して争った。裁判所は、争点を整理する必要があるとして、事件を弁論準備手続に付した。(1) 弁論準備手続期日において、当初Yは、口頭のやりとりの中で工事内容にも言及した可能性はあるが、契約内容として明確に合意したものではないと陳述したが、後の期日ではそのような口頭のやりとりそのものを否定する趣旨に陳述した。弁論準備手続終結後の口頭弁論期日において、Yは、Xが弁論準備手続で述べた内容の逐語的な記録を主張として提出した。裁判所はこのような書証を認めるべきか。(2) 弁論準備手続終結後、口頭弁論期日の冒頭において、YはXがした工事の内容に瑕疵があるので、請負代金の減額を求める旨の主張を新たに追加した。Xは、そのような主張を弁論準備手続でしなかった理由の説明をYに求めたが、Yは説明を拒否すると述べた。裁判所は、この新たな主張をどのように扱うべきか。●参考判例●① 東京地判平成12・11・29判タ1086号162頁② 東京地判平成11・9・29判タ1028号298頁●解説●1 争点整理手続民事訴訟においては、当事者の主張しない事実は判決の基礎とできず、また当事者間で一致した事実はそのまま判決の基礎とされる(弁論主義)。したがって、一方当事者が主張し、他方当事者が争う事実が、判決の結論に影響する事実のみが証拠調べの対象となる。また、書証によって認定される事実や書証等から判断しておよそ認定しようとすることが不適切と考えられる事実については、人証による証拠調べの対象とする必要はない。そこで、訴訟を迅速な解決に導くためには、当事者間における争点が何かを明確にし、当該争点における証拠調べを中心とした証拠収集を計画的に実施するという点について、両当事者および裁判所の認識を一致させる作業が重要になる。これが争点整理の手続である。このような争点整理の手続が民事訴訟において重要であることについては、以前からコンセンサスがあった。しかし、現行法制定以前はこのための実務は極めて不十分なものであったことは否定し難い。争点整理のための手続として設けられた準備手続や準備的口頭弁論は実務ではほとんど用いられていなかった。その結果、証拠調べが行われた後に新たな争点が明らかになって当事者の主張があとで追加されたり、場合によっては判決の段階で新たな争点の存在に裁判官が気付き、不意な釈明がなされたりすることも稀ではなかった。このような実務の状況を改善するため、現行法制定の前後には、法律に規定のない運用として、争点整理手続が行われていた。これは、和解期日の中で準備書面の提出や裁判官の釈明などを通じて争点を整理しようとするものであり、広く活用されていた。しかし、明文の規定がなく、その運用は裁判所によって千差万別で、現行法制定に際しては、争点整理の手続が1つの中心的な課題とされたところである。その結果、現行法は、争点整理の手続として、個々の事件の特性に適した複数の手続を用意した。弁論準備手続、準備的口頭弁論および書面による準備手続である。これらは、ほとんどの場合を占めるのが弁論準備手続であるが(これについては、2参照)、準備的口頭弁論は訴訟代理の専門整理部門の手続を設けるものであり、公開法廷で争点整理を行う必要がある場合や争点整理の中で併せて証人尋問をする必要がある場合などに利用が想定されている。書面による準備手続は、ドイツ法などをモデルとした新規の形態であるが、書面の交換で争点整理を進めながら、場合により電話会議システムによる協議を利用する(当事者が遠隔地にいる場合に特に有用である)ことが想定されている(双方当事者が出頭しないでもウェブ会議による争点整理が実施できるツールとして、コロナ禍の中、その利用が増加した)。2 弁論準備手続の概要弁論準備手続は、前述した旧法の下の弁論準備と運用を取り入れながら、旧法の準備手続を改善したものである。当事者と裁判所が、争点および証拠の整理の必要があると考えるときは、事件を弁論準備手続に付することができる(168条)。手続の選択に当事者の意見を聴かなければならない(168条)。弁論準備手続の期日は、当事者の意見の聴取は必要はないが、当事者の一方の不出頭の場合の扱いが保障され(裁判所が相当と認める者および当事者の申し出た者の傍聴が許される(169条)。当事者の合意が必ずしも保障されないかった弁論準備期と異なり、率直な意見交換に不可欠とされる非公開の場面を正面から認めながらも、一定の者の傍聴も可能としたものである。弁論準備手続における審理については、裁判所の訴訟指揮、釈明、提出された者の弁論準備期日外でも(170条5項)、実際上は、弁論準備といった当事者と同じであるので、裁判官と両当事者・代理人が準備室に集まって自由に意見を述べ合うのが普通で、口頭のやりとりで争点が煮詰まっていくことを期待している。当事者が遠隔地にいる場合など裁判所への出頭が困難な場合には、いわゆる電話会議システムを利用した手続も可能とされる(同条3項・4項)。一方当事者が期日に出頭することが条件であるが、これによって、例えば、大阪の代理人が代理東京に移動するということでもできる(171条)。弁論準備手続は、主任裁判官や裁判長が受命裁判官として争点整理を担当することが多い。弁論準備手続が終結したときは、その後の証拠調べによって証明すべき事実を裁判所と当事者の間で確認しなければならない(170条5項・165条1項)。この「証明すべき事実」がまさにその訴訟における争点であり、この確認が争点整理の目的である。そして、当事者は、口頭弁論において、弁論準備手続の結果を陳述しなければならない(173条)。直接主義の要請であり、そのようにして争点とされた事項を明らかにする必要がある(民訴規89条)。そのようにして争点が整理された後に、争点とされていない事実に関する主張・証拠を提出しようとする場合であるが、そのような場合は、相手方当事者の求めがあるときは、弁論準備手続終結前に提出できなかった理由を説明しなければならないものとされている(174条・167条)。3 本問の考え方本問(1)で問題とされているのは、弁論準備手続における主張として、それを問題にした場合に、そのような経緯を証拠に提供できるか、という問題である。弁論準備手続の結果を提出する当事者の意図は、そのような主張が変遷すること自体、当該当事者の主張が信用できないことを示す点にあるものと思われる。しかし、前述のように、争点整理の円滑に、また実効的に行われるためには、当事者が口頭で活発なやりとりをすることが必要であるとして、そのためにある。ある一定の主張の主要な前提をなすものと考えられるからである。当事者(とくに代理人)は口頭でやりとりに慎重になり、すべての場面で文書を交換するという旧態依然たる訴訟形式に逆行するおそれがあろう。以上のようなことから、参考判例①は、「弁論準備手続は、当事者の主張や証拠の申立て等について当事者の角度から吟味しあい、主張・証拠(争点)を整理し、その後の審理を深めつつ、充実した審理を目的として行うところ、右のような訴訟活動は、当事者の弁論の自由を保障し、その不足を補うという目的を達するもので、そうでなければ弁論の目的を達するものでできなくなるおそれがある」として、そのような証拠は証拠としての適格性を欠くとしたものである。弁論準備手続のあり方に警鐘を鳴らすものであり、正当な態度というべきであろう。本問(2)において問題となるのは、弁論準備手続終結後の新たな事実の主張である。これについては、2でみたように、弁論準備手続において提出できなかった理由の説明を求める相手方の権利(「詰問権」)が認められる。この点は立案時に大きな論点とされた問題で、旧法の準備手続における失権効(原則として新たな主張ができないとする効果)を認めるべきとする見解もあったが、失権効を核心に、そのような厳格な効果を認めると、かえって弁論準備手続でさまざまな事実が主張され、争点整理が円滑に進まなくなるという意見もあったため、厳格な失権効にとどめたものである。ただ、相手方の求めにもかかわらず十分な説明をできない場合には、そのような主張・証拠は時機に後れた攻撃防御方法として却下される(157条)場合が多いと考えられ(157条の適用については、→問題25)、実際に弁論準備手続の審理の経過を考慮して、同条を適用したものとして、参考判例②などがある。本問では、Yは、Xの求めにもかかわらず、弁論準備手続において工事の瑕疵の主張をできなかった理由についての説明を拒否している。これは、民事訴訟法の規定に反する極めて不誠実な態度であり、それ自体当事者間の信義誠実の原則(2条)に反するといえる。そのような態度を考慮し、また工事の瑕疵の有無を新たに主張した場合、裁判所としては、その瑕疵の有無・内容および損害額等について、検証や鑑定を含めて多くの証拠調べを要するのでは明らかであり、同法157条の要件を満たす場合が多いものと解される。したがって、裁判所は、原則として、このようなYの主張は却下し、従前の争点整理の結果に基づき口頭弁論におけるその後の審理を進めていくべきことになろう。●参考文献●福井康太・争点140頁 / 山本和彦『弁論準備手続』ジュリ1098号(1996)53頁(山本和彦)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

時機に後れた攻撃防御方法
2025/09/03
Xは、Yに対し、自己の所有地を賃貸し、Yは同土地上に建物を建築し、居住していた。その後、土地の賃借権期間が満了したところ、Yは借地契約の更新を請求したが、Xはそれに対して異議を述べ、借地契約が終了したとして、Yに対し、建物収去土地明渡しを求めて訴えを提起した。当該訴訟手続においては、更新についての正当事由(借地借家6条)の有無が争点になり、Xが土地を使用する必要性や従来の借地契約の経緯などについて、3回の口頭弁論期日および6回の弁論準備手続期日において当事者は主張・立証を展開した。そして、争点された事項について集中証拠調べが行われたが、2回証拠調べ期日(いずれも終日)、Yは建物買取請求権(同法13条)の行使を主張した。裁判所は、このような主張を許すべきか。●参考判例●① 最判昭和46・4・23判時631号55頁② 最判平成7・12・15民集49巻10号3051頁●解説●1 攻撃防御方法の提出時期の規制民事訴訟においては、一般に複数の期日が開かれ、その攻撃防御の結果を受けて判決がされる。口頭弁論期日は、仮に何回開かれたとしても、法律上は一体のものとみなされる。したがって、当事者がどの期日に攻撃防御方法を提出しても、法律には違反しないものと考えられる。提出時期に規制がないとも考えられる。わが国のような考え方に基づき、攻撃防御方法はどの時期に提出してもよいとする時機提出主義という原則がとられていた。しかし、そのような考え方はあまりにも現実とは乖離しており、現実に即した手続が相当程度にわたって新たな主張や証拠が提出されれば、そのような主張・立証をそのまま許せば、手続が遅延することになる。とくに、訴訟の終盤に至って当事者の主張に尽きず争点・証拠の整理の作業を行い、その後に証拠調べを行うといった訴訟進行では、争点整理の段階で提出されなかった新たな主張が証拠調べの段階で出てくると、争点整理の結果が無駄になるおそれがある。そこで、訴訟手続の一定の段階を設けて、当事者の主張は当該段階までに行わなければならず、その後に新たな主張は許されないという考え方が生じる。法定主義といわれるものである。ただし、このような考え方でも、訴訟手続を厳格に段階分けにすることになり、公平に反するおそれもあるが、逆に手続を硬直化させるおそれも大きい。当事者にはさまざまな事情があり、一定の段階までに主張が出せなかったからといって、一律に批判できるとは限らないからである。そこで、このような厳格な序列を求めるのではなく、訴訟の審理の状況に応じて適切な時期に適時な攻撃防御方法の提出を求めるという中間的な考え方が生じる。つまり、適時提出主義とよばれるものである。当事者の訴訟行為の自由によるのではなく、法定の序列主義を基本とし、その中間として適切な時期の提出を求めるものであり、適時提出主義と呼ばれる。民事訴訟法156条が採用する考え方である。これによれば、当事者は、訴訟の進行に応じ適切な時期に攻撃防御方法を提出しなければならない。この考え方は、訴訟進行に当たって当事者は信義誠実に基づき行動しなければならないという信義誠実の原則(2条)からも導き出されるものである。ただし、この規律については直接の制裁はない。つまり、適切な時期に提出されなかった攻撃防御方法が不適切な提出である場合に、これを当然に許さないとはされていない。実務に法効果を有する制裁としては、時機に後れた攻撃防御方法の却下規(157条)である(そのほか、審理計画が立てられた場合の攻撃防御方法の提出権限(157条の2)、準備書面の提出期間(162条)、争点整理がなされた場合の攻撃防御方法の提出権(167条・174条・178条)、控訴審における攻撃防御方法の提出規制(301条)などがある。2 時機に後れた攻撃防御方法の却下要件当事者が故意または重大な過失により時機に後れて提出した攻撃防御方法は、これが訴訟の完結を遅延させることとなるときは、裁判所は却下することができる(157条1項)。つまり、このような却下がなされる要件としては、①攻撃防御方法の提出が時機に後れていること、②それが当事者の故意過失に基づくこと、③その提出により訴訟の完結が遅延することになることである。まず、①の時機後れの要件であるが、当該攻撃防御方法の性質に鑑み、それが時機に後れているといえるかが問題となる。控訴審においても、時機に後れているかどうかは、第1審における審理経過を併せて総合的に考慮する必要がある。これは、1で述べた適時提出主義の原則と関連するが、「適切な時期」ではないからといって、当然に「時機に後れた」ことになるわけではない。通常は、争点整理が終了した後に、争点整理の段階から存在していた新たな事実を主張することは、時機に後れたものになろう。次に、②の当事者の主観的要件であるが、時機に後れて提出されたことが当事者の故意または重過失に基づくものでなければ、却下することはできない。単なる軽過失による場合は、過誤を許容するとして却下の対象にはならず、通常人であればそのような攻撃防御方法が存在することに少しの注意を払えば容易に気付けたか否かによって判断される。最後に、③の訴訟遅延の結果要件である。故意または重過失によって時機に後れて提出された攻撃防御方法であっても、それによって訴訟の完結が遅延しないのであれば、却下する必要はない。例えば、新たな主張が主張どおり、その認否に反証を準備する必要もある。もっとも、証人尋問が予定されており、それと同時に期日に尋問する場合などには、訴訟の完結は遅延しないことになる。この結果、時機後れにされた攻撃防御方法が提出された場合、それは原則として時機に後れになされると解されるが、控訴審において他の事項についての審理が予定されているときには、訴訟の完結が遅延しないことも多いとみられる。以上のように、時機に後れたものとして攻撃防御方法を却下する要件は厳格であり、その認定は難しい場合がある。一般的にいって、従来の裁判所の運用は、この規定の適用にはあまり積極的ではなかったように見受けられるが、近時の裁判所は訴訟の迅速化の要請に強くコミットする傾向があり、多少の訴訟の遅延を招くおそれのある攻撃防御方法であっても、それによって訴訟の迅速化が著しく阻害される可能性があるとみて、争点整理および集中証拠調べを重視する現行法の下では、やや運用の方針も変わりつつあるようにもみられ、今後の実務の動向が注目される。3 本問の場合――権利の同時的行使の関係本問は、また先取特権という形成権という形成権の問題となる。形成権の行使も攻撃防御方法に該当するので、それが却下されるかどうかは、前記の民事訴訟法157条1項の要件を満たすかどうかにかかってくる。まず、①の時機後れの要件については、争点整理が終結し、さらに集中証拠調べが終わった時期になされた主張であり、これを満たすことは問題ないであろう。②の訴訟追完の要件については、建物買取請求権の行使のような訴訟追完の整理が必要とは言えない問題となるが、建物買取請求権の構成や抗弁の要否が問題となる場合があり、抗弁から建物代金の支払と同時履行の抗弁の主張がされるようになり、それには証人尋問や鑑定等の新たな証拠調べが必要になろう。そうすると、③の要件も満たされることとなる。他方、本問の事実関係からは具体的な事情は必ずしも明らかでない。被告としては、正当事由の存在を争いながら、他方で正当事由の存在を前提とした建物買取請求権を主張するのは、自分の主張の弱みを認めることにつながり、期待しがたく、当初に主張しなかったことには重過失は認められないという見方もあろう。しかし、そのような場合であっても、仮定的な主張として、建物買取請求をすることは期待できないわけでもなく、過失を認める考え方も十分成立する。仮定的な主張すら躊躇されるというような事態は通常は想定しがたいと考えられるからである。(参考判例①)、建物買取請求権の主張を却下することは十分に考えられる(参考判例②も是認する)。さらに注意を要するのは、建物買取請求権は形成権たる性質において建物買取請求権の行使は抗弁であって遮断されず訴えられても、建物買取請求権を行使した後に訴え提起した場合、前訴確定判決の既判力の問題によって遮断されることはないとして、同時履行の抗弁によって貫徹して建物買取請求は遮断される。その結果、仮に本問の建物買取請求権の主張を時機に後れたものとして却下したとしても、確定判決後にYが建物買取請求権を行使して請求異議の訴えを提起することは許されることとなりそうである。それであれば、むしろ当初の訴訟の時点で、この点についても決着をつけておくことが当事者の便宜に資するという見方もありえよう。そのような判断に立てば、当初の判決に郊外しないというような判断に立てば、当初の判決には郊外しない。しかし、他方で、訴訟の訴えを提起するということはYにとっては負担になるのであり、適切な時期に建物買取請求権を行使しなかったことについてYの責めに帰すべきである。そのようなYをあえて訴訟も可能である。そうであれば、判例のような解決(時機に後れた攻撃防御方法として却下する)はむしろ結論として妥当と考えられないではないか。困難な問題であるが、それぞれさらに考えてもらいたい。●参考文献●石渡荘一郎・争点144頁 / 菱田雄郷・百選154頁 / 菅野雅之・争点138頁(山本和彦)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

訴え取下げの合意
2025/09/03
Aは自己の費用で本件家屋を建築してXに贈与した。しかしX名義の所有権保存登記手続を行う前に病気に倒れ、Aの子Yが本件家屋を占有した。その後、XはYの明渡請求に応じず、本件家屋についてY名義で所有権保存登記手続を完了した。XはYに対して本件家屋の所有権確認および保存登記抹消登記手続を求めて訴えを提起した。口頭弁論において、Yは、「訴訟係属後、裁判外でXとYは話し合いを持ち、YがXに示談金を支払い、Xが本件家屋についての請求権を放棄して本件訴訟を取り下げる旨の和解が成立した。YはXに対し示談金を支払ったので、Xは訴えを取り下げるべきである。」と主張した。裁判所が、Yの主張する和解契約の成立およびYの示談金の支払の事実が認められると判断する場合、どのように訴訟関係に反映させるべきか。また、Xが訴え取下げ合意に基づいて訴えの取下書を裁判所に提出し、その翌日に、「取下書は裁判外でYから脅迫されて作成したもので、真意に基づくものではなく無効である」と主張し、裁判所がこれを認める場合、どのような判断をするべきか。●参考判例●① 最判昭和44・10・17民集23巻10号1825頁② 最判昭和46・6・25民集25巻4号640頁③ 最決平成23・3・9民集65巻2号723頁●解説●1 訴訟上の合意の意義訴訟手続に及ぶ当事者の合意の効力については、任意訴訟禁止の原則から、訴訟法上は一切無効である(裁判所に対して拘束力を有しない)。または考慮されないとの考え方もかつて有力であり、大審院時代には、裁判所での訴え取下げ合意は無効な合意と解する判決もある(大判大正12・3・10民集2巻88頁)。しかし、任意訴訟禁止の目的が、裁判所固有の権限の侵害や訴訟手続の安定性・迅速性の阻害のおそれを予め排除する必要があるにとどまるならば、もっとも当事者に処分権限が認められている処分権主義や弁論主義に属する事項については、当事者の合意に基づいて、対象が特定されていれば、その合意について、民事訴訟法上の明文規定があるものとして、管轄合意(11条)、訴訟上の和解(267条)、不控訴の合意(281条1項ただし書)などがあり、明文規定のないものとして、不起訴の合意、証拠制限契約、および本テーマで問題となる訴え取下げ合意などがある。このような合意を一般に訴訟上の合意と呼ぶが、その性質については争いがある。大きく分けると、私法上の契約として有効である(当事者に一定の義務が生ずる)が直接訴訟上の効果をもたらすわけではないとする私法説と、当事者の合意に直接訴訟上の効果をもたらす(裁判所を拘束する)と構成する訴訟契約説がある。私法説と訴訟契約説の効果が同時に発生すると解する併存説が採られる。訴訟上の合意には、当事者間の合意であって訴訟法上の規律の適用が想定されず、私法上の合意と全くされない場合でも訴訟上の効果が認められるべき側面があるため、いずれの説のようにどのような理論的構成をとるかによって、私法説のように訴訟上の合意について、私法説のように訴訟上の合意について2 訴え取下げ合意の意義訴え取下げ合意については、私法契約説に立ち、合意により原告が権利行使の利益を喪失し、訴えの利益を欠くに至ったとして訴えを却下すべきとする考え方(参考判例①)のほか、原告の信義則違反により説明する考え方(最判昭和51・9・30民集30巻8号799頁参照)がある。これに対して、訴訟契約説、併存説は、結論として訴訟終了を肯定するべきと論ずる。まず、訴訟契約説は、裁判外での合意であっても、訴訟上の取下げという訴訟上の効果の発生を目的とする合意であるから、訴訟上の訴え取下げ(261条)と同様に扱うべきとする。訴えの取下げによって訴訟係属そのものが消滅するのである(①判決)。訴訟契約説は、訴訟係属をすぐにすべきとすることになるのである。また、併存説は、訴訟係属の消滅を訴え取下げ合意の効果として直ちに肯定する。訴え取下げの効力を主張する者(被告)が付遅延の存否を主張・立証する必要があり、これが認められてはじめて訴訟係属の消滅が確定することになる。また、併存説は、訴訟上の訴え取下げ合意の効果として訴訟係属が消滅することから、もはや訴え取下げ合意の効力を訴訟係属で肯定することになる。両説は、訴訟係属において、その後の訴訟行為をすることができず、かつ、仮にXが義務を履行しない場合であっても、訴訟上の取下げとして訴訟係属を終了することを説明することが容易である。これに対して、訴訟契約説では、私法上の承認を認めることは困難であるため(ただし、訴訟係属の消滅を認める見解と訴訟上の和解と解せる。また、この説を認めるとしても、訴訟係属の消滅という訴訟上の効果をもたらすもがもっとも当事者ではないかとの批判)訴訟上の効果を基礎付けることから、当事者ではないかとの批判)訴訟上の効果を基礎付けることからこのように考えると、本問の裁判所は、私法説に立って訴えを却下するか、訴訟契約説に立って訴訟係属の消滅を前提に訴訟終了宣言をするかを選択すべきことになる。両者の相違は、私法契約説に立つ場合には、訴えの取下げという原告に有利なことを指摘できる。もっとも、両説は民事訴訟法262条2項の再訴の適用を認めており、その限りでは両説に違いは見いだしがたい。両説の違いは、訴訟係属の消滅という訴訟上の効果をより重視するという理論的理由に貫かれているが、この点では訴訟契約説ないし併存説がより実情に即しているといえよう。3 訴訟行為への私法規定の適用訴訟上の合意が訴訟行為としての性質をもつとして、訴訟行為に意思表示の瑕疵がある場合に、私法規定を適用してその効果を認めてよいかが問題となる。この場合に、意思表示の瑕疵のある訴訟行為を前提とすると、その後の訴訟行為が連鎖的に効力を失うことになり、手続の安定性を害するからである。そのため、伝統的には、私法規定は適用されないと考えられてきた(ただし、判例も絶対的に適用を排除しているわけではない)。これは一見すると、実質的に対立する当事者間に多く、これを先取りして適用し、当該訴訟行為を無効とみなすことができるからである。例えば、本問後段の場合、Xは強迫という瑕疵により行った取下げの意思表示をしたとして、民事訴訟法338条1項5号を類推適用して取下げの無効を認めるのである。本来、5号事由を主張する場合には有罪の確定判決と同条2項の要件が必要であるが、前訴係属中に再審事由を主張する場合には、この要件は不要と考えられる(参考判例②参照)。同条2項のような重い要件を課するのは法的安定性を保護するためであるが、前訴係属中であればそのような保護は必要なく、むしろ迅速にその瑕疵に迅速にその瑕疵の取下げを主張することがその趣旨にそうからである。もっとも、仮に再審事由の訴訟内調査によって救済がもたらされるわけではない。非財産上の訴訟につき判例によって訴えの取下げをせざるを得ない可能性があることや、瑕疵による訴訟に私法規定を適用できないといった限界が指摘されている。したがって、理論的には私法規定の適用を認めるべき場合と考えられる。その際には、上記のような手続の安定性の要請に鑑み、処分権を証する意思表示であれば私法規定の適用を認め、当該訴訟行為を仮に無効的に訴訟係属を形成される場合には、限定的に、再審の訴えをする権能といった解釈も考えられよう。●参考文献●福永有利・百選182頁 / 竹田美目・百選180頁 / 伊藤眞「訴訟行為と意思の瑕疵」小山昇ほか編『新講座民事訴訟法[3]』(有斐閣・1987)433頁(山田・文)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

公示送達
2025/09/03
【第1訴訟】 Cは、X(訴訟代理人A)およびZ社(代表者Y、訴訟代理人B)を共同被告として、建物の収去土地明渡請求の訴えを提起した。この時点で、XはYに対して第2訴訟を提起することを匂わせており、XとZ社の利害対立は明らかであった。【第2訴訟】 X(訴訟代理人A)はY(訴訟代理人B)に対して、X所有建物の不法占有による損害賠償請求の訴えを提起した。訴状におけるYの住所は、第1訴訟でZ社の送達場所とされた住所と同一であったが、この送達は奏功しなかった。その後、Yの住所についてXから3回の調査報告書とそれぞれで判明した住所について上申がなされ、それぞれ住所での送達が試みられたが、奏功しなかった。そこでXは公示送達の申立てをし、書記官はこれを受けて公示送達をした。ところで、各当事者の訴訟代理人は、懇意で、第1訴訟の経過を了知していた。第2訴訟で送達の不奏功が続いていた頃、AはたまたまBに会ったので、第2訴訟を提起したがYの住所がわからないので教えてほしいと依頼した。数か月後、BはYから了解を得たとして、Aに口頭でYの住所を通知した。しかし、その時点で第1審の口頭弁論は終結しており、また、この住所ではすでに送達が失敗していたので、Aはこの通知を放置した。その後、第1審判決(請求認容判決)が公示送達によりYに送達された。Bは、偶然出会ったAからこの事実を知った。このような事情の下で、Yは、訴訟上、どのような救済を求めることができるか。●参考判例●① 最判昭和54・7・31判時944号53頁② 最判平成4・2・28判時1455号92頁③ 最判昭和42・2・24民集21巻1号209頁④ 大判昭和16・7・18民集20巻988頁●解説●1 公示送達と受送達者の手続保障送達は、訴訟書類の内容を名宛人に了知させる(ないし了知の機会を与える)裁判所の訴訟行為であり、受送達者の手続保障の第1歩である。とくに被告にとっては、送達がなされなければ訴訟係属を了知することができないから、被告の受送達権が要請される。そのため、送達は厳密に行われ、また、受送達者に送達書類を交付する交付送達が原則とされている(令和4年改正102条の2)。さらに、交付送達が困難な場合に、付郵便送達(107条)が補充的に認められている[→問題22]。以上は、住所等の送達場所が明らかな場合に当てはまるが、これが不明の場合(110条1項1号)には、現実の送達は不可能になる。付郵便送達もできない場合(同条2号)には送達の方法が尽きることになるが、訴状が送達できなければ訴訟は係属しないから、被告の行方不明という場合に原告性のない理由で被告の救済を受ける権利が剥奪されることとなる。これを避けるために、送達すべき書類を裁判所書記官が保管し、いつでも送達を受けるべき者に交付する旨を裁判所の掲示場に掲示する方法、すなわち公示送達が用意されている(111条)。この方法では、受送達者が書類を実際に受領する可能性はゼロであるが、法律上の擬制により、掲示から2週間の経過をもって受送達への送達の効果が発生する(112条1項本文)。本問の訴訟のように2回目以降の公示送達については、掲示の翌日に生ずる(同条2項、ただし書参照)。本問のように、被告住所が不明である場合には、訴状から始まって判決にいたるまでの一切の送達すべき裁判所書類が公示送達により送達され、被告がこれに基づいた時点では上訴期間(判決書の送達から2週間。285条本文)が徒過しているのである。被告が判決の内容を実際に了知することが保障されないにもかかわらず、被告の深刻な不利益を考慮すると、この場合の救済を最小限に抑えるべきである。その方法として、まず公示送達の許否に関する裁判所書記官の調査義務を明確にし、その裁量権を合理的に制約することが考えられる[付郵便送達につき→問題22](最判平成9・10判時1661号81頁参照)。もっとも、この判例での住所の調査に係る書記官の裁量権は広く認められており、本問に即して考えても、調査は相当であって、職権濫権の問題となるとは考えにくい(ただし、大判平成21・2・27判タ1302号298頁のように厳格な調査義務を命ずる裁判例もある)。それでは、公示送達により手続参加の機会のないまま敗訴判決を受けた被告には、他にどのような救済方法が考えられるだろうか。2 受送達者の救済――再審まず、本問のYが訴訟の係属を提起し、確定した第2審の判決に拠り、差押えを受けているのである。訴訟の追完(97条。後述3)に比べて期間制限も緩やかであり(342条)、金銭の利益を害されるから、救済としては最も徹底している。しかし、どの当事者に訴訟告知が問題となる可能性があるのは、民事訴訟法338条1項5号ないし5号の類推適用ないし拡張解釈であろうが、3号事由については、判例(最判昭和57・5・27判時1052号66頁)は、原告が不法な公示送達の申立て(故意または過失を要件に)被告の住所を知っていたのにこれを秘匿して公示送達の申立てをした事案においてこれを肯定しているので、本問のようになくとも原告に故意の申立てをしたのではないかと疑われる可能性は低いといえる。また、後者(5号事由)については、公示送達の申立てについて詐欺罪等の有罪判決等が確定しないと再審事由を認めるのはきわめて困難である。もっとも、事実上利害対立に補充送達がなされ、受送達者が裁判責を帰すのです。手続の機会の保障がなかった場合には、補充送達を有効としながらも、民事訴訟法338条1項3号の類推適用により再審事由が認められるとする近時の判例(最判平成19・3・20民集61巻2号586頁)[→問題27]との対比では、不法な公示送達がなされた被告にも再審による救済が認められてもよいとも考えられる。確かに、公示送達制度は受送達者の送達を擬制する特殊な制度であり、被告に裁判書類を受領しない場合に常に送達を擬制する制度として成り立たない。しかし、不実な公示送達は公示送達制度が予定していた事態ではなく、被告の手続関与の機会を保障する趣旨を没却させる必要は認められず、再審事由の判断においては、異なる判断をする余地があろう。なお、いずれの場合も、被告の帰責を認定する特段の事情がない限り被告の内部的事情により被告の手続関与の機会が失われた場合よりも、原告の申立てによる公示送達のほうが不安定化もやむを得ないと説明しうるように思われる。3 受送達者の救済――上訴の追完再審以外の救済方法として、公示送達が有効であることを前提に、訴訟行為の追完(97条)が可能かを考えてみよう。判例は、公示送達の有効性を広く認めており、不実な公示送達であっても適法と判断しているので、これを前提とすると、判例は訴訟行為が公示送達があったわけではないで当事者には、控訴の理由があると考える方法では、裁判を無効化するわけではないので、追完が認められるような場合にもそもそも送達があったと解すべきではないので。本問では、訴状・判決ともに有効に送達され、控訴期間徒過によって第2審訴訟は確定したことになるので、Yが「その責めに帰することができない事由」により控訴期間を遵守できなかったことを主張立証できれば、控訴追完がなされたと知った時から1週間以内に限り、控訴をすることができる(97条1項)。そこで、Yの帰責事由の有無が問題となるが、公示送達について被告はこれを知らないのが通常である。その点、常に帰責事由がないことになり、公示送達制度が不安定化する恐れがある。上述のように、公示送達制度も、本来(不備に帰した)公示送達を申し立てた原告のために被告の手続関与を犠牲にすることまで認めているとは考えにくい。そこで、97条1項を判断する公平の観点と解し、被告の故意・過失と、原告の利益がなされることへの予測可能性を考慮する考え方が有力である。以下、原告に故意がある場合や住所につき故意がある場合(①参考判例)と、本問のように故意は認められない場合(②通常事例)を分けて考えてみよう。(1) 基準事例 参考判例①は、原告が故意に被告の住所を偽って訴状に記載し、公示送達を申し立てた事案において、被告の責めに帰すべからざる事由により控訴期間を遵守することができなかったとして控訴の追完を認めた。ここには、被告の予測可能性等にはふれず、申立てにおける原告の故意のみを認めて被告の帰責性を否定している。これに対して、参考判例②は、被告側の公示送達による事情を争った事例についても取り上げ、被告側の不誠実の予測可能性等の事情と総合的に考慮すべき旨を判示した。この事案では、被告に重い過失が認められるものの、原告が故意に転居先を秘したとして公示送達を申し立てたのでその費用(制度の悪用とみなし)が認められるとしている。被告の帰責性が否定されている。(2) 通常事例 これに対して、通常事例では、被告が訴訟提起を予測し、予期、予測可能性が認められるならばそれに相応する調査、住所変更届等を怠ったかを問題とする。本問におけるでは、第2訴訟提起を予測でき、実際に代理人AとBを通じてXが請求内容を特定したことを了知しており、第1訴訟の訴訟追行からみても、第2訴訟のYが訴訟内容であることは容易に推測できたはずである。したがって、Yの弁護士の資格と責任において代理人Aが何らかの回答をすべきである(職務上の責任としては異論がある)。本問も同様の事実を扱った参考判例①は、このように判断して上告追完を認めなかった(なお、現行法では送達場所届出義務を課しており(104条)、これを怠ったり、新住所の届出がない場合には代行できない。YはXとの関係で訴訟を提起)。Xの代理人Bに対し非訟を通じて損害賠償を請求する余地はありそうである。●参考文献●河野正憲・百選(第3版)(2003)102頁 / 梅本吉彦「不意打ち防止と訴訟法理論」新堂幸司編著『特別講義民事訴訟法』(有斐閣・1988)393頁 / 山本弘「送達の瑕疵と判決の無効・再審」法教377号(2012)112頁(山田・文)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5