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移送

A銀行(本店・東京都中央区)は、Y1社(本店・奈良県奈良市)に対し、手形貸付をしたが、その債務についてY1の代表者であるY2が連帯保証をしていた。この取引は、すべてA銀行奈良支店において行われていた。A銀行とY1の間の銀行取引約定書には、当該銀行取引に関して紛争が生じた場合には、A銀行の本店所在地を管轄する地方裁判所を専属管轄裁判所とする旨を定める条項があった。その後、Y1は業績不振に陥り、債務の履行を遅滞したので、A銀行は、上記貸付債権等を不良債権としてX社(本店・東京都新宿区)に譲渡した。X社は、Y1およびY2を被告として、東京地裁に上記手形貸付債権および連帯保証債権の履行を求めて訴えを提起した。X社は、範囲銀行取引約定書の合意に基づき東京地裁が管轄権を有すると主張したが、Y1らは、①上記条項は公序良俗ないし独占禁止法に反して無効である、②奈良地裁における審理のほうが当事者の衡平に資するなどと主張し、民事訴訟法16条および17条に基づき奈良地裁に移送を申し立てた。このようなYらの移送の申立ては認められるか。●参考判例●① 東京高決平成15・5・22判タ1136号256頁② 東京地決平成20・7・18民集60巻1019号294頁③ 大阪地決平成11・1・14判時1699号99頁●解説●1 移送制度の意義日本には第1審の審理を担当する複数の裁判所があるので、原告としてどの裁判所に訴えを提起するかが問題となる。裁判所の管轄(土地管轄・事物管轄)については、いずれかの裁判所がいずれかの問題を担当する。そしてどこに所在するかは地方裁判所・簡易裁判所のいずれに提起するのかという問題(事物管轄)、そしてどこに所在するかは地方裁判所・簡易裁判所の問題(土地管轄)である。後者については原則140万円が基準とされ(裁24条1号・33条1項1号)、前者については原告として訴訟の承認地を管轄する裁判所が管轄権を有する(普通裁判籍、5条)。さまざまな訴訟類型ごとに例外が定められている(特別裁判籍、5条)。提訴された裁判所が管轄権を有することは訴訟要件である。したがって、管轄権をもたない裁判所に提訴された場合、本来であれば訴えが却下されることになるが、それでは裁判をやり直すために既に費した時間と費用が無駄になるので、一種のサービスとして管轄権を有する裁判所に事件を移送することとしている(16条1項)。これによって、原告は訴えを提起し直す必要はなく手続が省けるし、提訴手数料を二重に負担したり、提訴期間(時効期間)を徒過したりするおそれがなくなる。なお、当該裁判所が管轄権を有しないと考える場合は移送の申立をすることができるが、裁判所はそれに応じなければならず、移送決定や移送の申立を却下する決定に対しては即時抗告をすることができる(21条)。以上のように、管轄権を誤った場合が典型的な移送の対象であるが、管轄権を有する裁判所に訴訟が提起された場合であっても、なお移送が認められることがある。そのような場合で最も重要なものが、遅滞を避ける等のための移送(いわゆる裁量移送)である(17条)。ほかに、簡易裁判所から地方裁判所への裁量移送(18条)や当事者の申立てで同意による必要的移送(19条1項)などがある。前者の根拠は、さらに16条2項および最決平成20・7・18民集60巻9号(参照)もこれに当たる。当事者や証人の住所等から考慮して、訴訟の著しい遅滞を避けるために必要があるためであると認められるときに、他の管轄裁判所に移送されることがある。管轄裁判所が複数ある場合、当初の裁判所選択権を有する原告であるが、原告の選択した裁判所が便宜の観点から相当でなく、また被告にとって著しく不利益を及ぼすような場合には、裁判所の裁量によって、管轄権を有する他の裁判所に移送することを可能にしたものである。本問では、合意管轄を基礎とする東京地裁の管轄について、当該管轄合意が民事訴訟法16条の規定の主要な根拠である、東京地裁に管轄権がないとして移送の申立がされた場合(なお、Y1について、被告の住所地に基づく普通裁判籍は奈良地裁にあるので、Y2についても、Y1に対する請求の併合請求の当然(7条)に基づくものと思われるので、Y2に対する請求が管轄違いとなる。また、仮に東京地裁に管轄権があるとしても、奈良地裁における審理のほうが当事者の衡平に適うという理由で、同法17条により奈良地裁に移送するよう求められている。以下では、順次に両者について検討する。2 民事訴訟法16条による移送―管轄合意の効力まず、民事訴訟法16条に基づく管轄違いによる移送である。本問では、A銀行とY1との間で専属的管轄合意が存在するとされる。有効な管轄合意があれば、本件管轄権がない裁判所に管轄権が生じる(11条)。そこで、本件管轄合意の有効性が問題となるが、その前提として、本問の管轄合意はX銀行から債権譲渡を受けたものである。このようなX間での管轄合意を援用できるかが問題となる。この点について、参考判例①は、合意管轄は「訴訟法上の合意であるけれども、内容的にはその債務履行地の合意として、その権利関係と不可分一体のもの」であり、いわば債権の属性をなすものである。そして、本件のような記名債権においては、その内容、当事者間の自由で定めるものであり、その譲渡の際には、それらの属性、内容もそのまま譲渡人に引き継がれるべきものである。とすれば、本件債権に基づく管轄合意の効力は、Xにも及ぶことになる。専属的管轄合意を締結している。単なる債権の譲渡によって、訴訟追行上の合意管轄の拘束力は引き継がれないとする反対説もあるが、一方的な債権譲渡によって合意地を失う債務者の地位を憂うことには相当でないので、上記判例のような立場は正当なものであろう。次に、Yらは、このような管轄合意が公序良俗に違反し、または独占禁止法に違反して無効であると主張している。後者の主張は、独占禁止法における優越的地位の濫用の問題である(独禁19条)に違反するというものであろう。ただ、判例は、ある合意が不公正な取引方法の禁止に反しても、それだけでその合意が無効になるものではなく、公序良俗に反してはじめて無効となると解するもののようなので(最判昭和52・2・20民集31巻8号参照)、実際には公序良俗違反が問題となる。この公序良俗違反の判断に際する事情の考慮であるが、すべての取引が奈良支店で行われているにもかかわらず、いったん紛争が生じた場合に、東京地裁での所属管轄権とするような合意は、紛争案件の本店への集中というA銀行内での立場からみた経済合理性はあるかもしれないが、Y1との取引上の力関係の格差を利用した不合理な合意として、公序良俗に反すると解される余地もあるように思われる。仮に管轄合意が有効とされたときは、民事訴訟法16条に基づき管轄違いによる移送が問題となる。ただ、本問ではなお注意を要すると思われるのは、義務履行地の裁判籍(5条1号)である。本件請求債権の債務者らの現在の住所はX債務者になっているところ、特段の合意がなければ、債務者の現在の住所地である東京にあるので、義務履行地管轄もない(民法484条1項)。Xの支店所在地である東京であるので、義務履行地管轄を有することになる。3 民事訴訟法17条による移送―裁量移送の考慮要素以上のように、Y1らの①の主張が認められない場合には合意管轄によって東京地裁の管轄権が認められることになるとし、あるいはその主張が認められても、義務履行地管轄が認められる場合にも東京地裁の管轄権が認められる。このような場合には、奈良地裁にも、被告の本店の所在地(4条1項・4項)に基づく管轄権が存在する。そこで、複数の管轄裁判所が併存する場合の裁量移送(17条)の可否が問題となることになる(17条移送は裁判所の裁量による裁量に基づくものであり、性質上最高裁判所が判断を遅延することは期待し難く、下級審裁判所における個別事情の尊重が重要な分野である)。なお、民事訴訟法1条による移送は認められていない(30条1項)。専属管轄が合意によって形成されたものである場合(いわゆる専属的管轄合意の場合)には、そのような適用は排除されず(20条1項括弧書)、裁量移送が可能とされるので、Yら①の主張が認められなくても、17条移送は可能である(その意味で、民事訴訟法17条による移送が相当と認められるのであれば、管轄の効力をあえて判断する必要はない)。そして、移送の効力の有無を判断するにさまざまなものが該当する。代表的なものとしては、証拠調べの便宜(証人や検証物の所在地)、原告・被告の本拠地、原告・被告の経済力などがあり得る。そして、本問では、仮に管轄合意の効力が否定され、義務履行地の管轄のみが問題となる場合、それが債権譲渡によって生じていること(A銀行がそのまま債権を保有していれば、義務履行地は奈良であったと解されること)、をどのように評価するかという問題も生じうる。この点につき、参考判例①は、管轄権限(義務履行地)の脆弱性というべきものを考慮している点が興味深い。すなわち、債権譲渡によって債権者の住所が変更され、義務履行地が変わることが債務者の予測可能性を害すること、それが合意管轄により予測可能性を担保しようとした趣旨に反することなどから、移送を肯定したものである。とくに債権譲渡(あるいは債権者の本拠地変更)によって生じた義務履行地のみが管轄権限である場合にには、裁量移送を肯定する方向に働くファクターとなり得よう。また、本問では、仮に争点とされるのがY2の保証意思の有無という点であるとすれば、その証拠方法は、Y1本人のはか、A銀行の奈良支店の担当者やY2の関係者など奈良に多く所在すると考えられるし、XとY1との経済力の格差を考えても、Y2を東京に来て裁判に臨むよう要求することは相当に酷である可能性がある。以上のような要素を勘案すれば、「訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るため」、本問では事件を奈良地裁に移送して、奈良地裁において審理判断をする必要があると解される余地が十分にありえよう。●参考文献●花村良一・争点48頁/安西明子「当事者間の衡平を図るための移送」判タ1084号(2002)4頁(山本和彦)