法定地上権②
Aは、自己所有の甲土地上に5階建ての乙建物を建て、自身が経営する会社の事務所に使用していた。Aは、会社の経営規模を拡大させるべくB銀行から融資を受けることとし、2019年3月、Bとの間で、甲土地および乙建物につき、根抵当権を設定し、根抵当権者をBとする共同根抵当契約を締結した。ところが、乙建物は、2020年4月にこの地を襲った大地震によって倒壊、滅失した。Aは、これを機に別の場所に移して会社の新社屋を建てることにして、甲土地上には、2021年1月、比較的小さな丙建物を建築し、これをCに賃貸した。ところが、ほどなくAの会社の経営は危機的状況に陥り、Aは弁済期日にBに対して債務を弁済することができなくなった。そこでBは、甲土地につき、上記根抵当権に基づいて裁判所に不動産競売を申し立て、裁判所は2021年12月に不動産競売開始決定をした(なお、BのAに対する被担保債権額は1億4000万円であった)。2022年4月、Yは、甲土地につき売却許可決定を受けて、代金9800万円を納付し、甲土地の所有権者となった。そこでYは、甲土地の所有権に基づく返還請求として、Aに対して丙建物収去・甲土地明渡請求を、Cに対して丙建物退去・甲土地明渡請求をした。Yの訴えは認められるか。●解説●1. 土地のみに抵当権が設定された場合法定地上権の成立要件の1つに「抵当権設定時に建物が存在していること」がある(388条)。これに関しては、抵当権設定時に存在していた建物が滅失し、更地にされて丙建物が再築された場合は、法定地上権は成立しない。通説・判例は、この場合、旧建物を基準とした内容の法定地上権の成立を認める。抵当権者としては、抵当権設定を受けたとき、法定地上権の成立を予定していたはずであるから、法定地上権を成立させても抵当権者が不当に害されることはならない、というのが理由である(大判昭和10・8・10民集14巻1549頁)。つまり、この場合に土地に設定された抵当権が担保価値として把握していたのは、底地価格(土地の価格から法定地上権価格を除いた部分)のみということになる。2. 土地と建物の双方に根抵当権が設定された場合では、本問のように、土地とその上の建物の双方に共同抵当権が設定され、その後に建物が再築された場合はどうか。①に掲げた判例からすれば、この場合も旧建物を基準とした法定地上権の成立が認められそうである。すなわち、建物に対する抵当権は建物と土地利用権の価格を、土地に対する抵当権は底地価格をそれぞれ把握していたと考えれば、建物滅失後に抵当権者が把握しているのは土地抵当権の対価である底地部分だけと解される(個別価値考慮説)。しかし、参考判例①は、土地と建物に共同抵当が設定されていた場合には、再築建物のための法定地上権は成立しないとした。すなわち、土地の共同抵当の設定を受けた者は、土地および建物双方の担保価値を把握する。3. 全体価額考慮説の背景とその範囲問題は、この判決の射程をどのように考えるかである。全体価額考慮説が構想され、また最高裁がそれを採用した背景には、抵当権の実行に際する問題があった。たとえば、土地の抵当権者が乙建物に1番抵当権を、建物所有者が、新建物に丙建物を設定する1番抵当権として、旧建物を担保に取り増したにもかかわらず、新建物には別の債権者のための1番抵当権を設定するようなケースが多発した。さらに重要なのは、抵当実行が間近に迫ったときに、建物の取り壊しを嫌う第三者が、その後、簡易な建物を建て、法定地上権が成立する旨主張したのである。4. 全体価額考慮説の共同担保への適用の可能性参考判例①が、個別価値考慮説への言及を避け、法定地上権の成立を否定したうえで、このように述べように、再建・改築資金の融資に当たり、金融機関が予定していた抵当権の設定を受けず、再築後の建物への抵当権設定を受けた場合に、全体価額考慮説に即したうえで、法定地上権の成立を否定したことをどう理解しようか。5. 「新建物」の所有者が土地の所有者と同一であり、かつ、新建物が建築された時点での土地の抵当権者が再建について土地の抵当権の設定を受けた場合参考判例①は、「新建物の所有者が土地の所有者と同一であり、かつ、新建物が建築された時点での土地の抵当権者が再建について土地の抵当権の設定を受けたときは、新建物のための法定地上権が成立すると認めるのを相当とするほか、所有権以外の第三者が建てた建物に1土地抵当権者が明示の共同担保の設定を受けた場合はどうなるのか等、さまざまな場面を想定しつつ、さらに検討を進めてもらいたい(この点に関連して、参考判例②参照)。●関連問題●(1) 本問において、Aが2021年6月に丙建物をBのために1番抵当権を設定しており、また、同年8月5日法定納期到来する国税6000万円を滞納していたとする。そして、甲から丁不動産が競売され、Yがこれを買い受け、1億2000万円が配当されることになった場合に、Bと国Gは、これらそれぞれに配当を受けられるか(なお、1億2000万円のうち土地部分は1億円、建物部分は2000万円であり、法定地上権が成立した場合の法定地上権の価額は土地の価額の6割であるとする)。(2) 2019年6月、Aは、自己所有の甲土地上に乙建物を建築し、ここに丙建物を建築することとし、そのため建築費をXから融資してもらうことになった。その際、Aは、Xのために甲土地に抵当権を設定し、ほぼ完成後に丙建物にも抵当権を設定する旨のDとの間で約束した。同年10月、丙建物は完成し、Xは、Aからの丙建物の抵当権設定の要請に応じないばかりか、丙建物を建築した建築業者Yに対する工事代金の支払もしないままであった。Yは、Aの工事代金未払を理由に丙建物の引渡しを拒み、占有を続けている。2021年3月、Xは、抵当権に基づく甲土地の競売を申し立て、同年11月15日、Aは、丙建物の所有権をBに売却し、そこで、Xは、丙建物を占有するYに対して、丙建物の収去と甲土地の明渡しを求めて訴訟を提起した。Yの請求は認められるか。●参考文献●小林明ほか・金法1493号(1997)24頁佐久間毅・法教239号(2000)24頁道垣内弘人・百選Ⅰ 186頁高須順一・法教418号(2015)69頁