詐欺・錯誤と消費者契約法
独身のOLのXは、2024年4月頃、結婚紹介所のウェブサイトを介して知り合ったAの勧誘により、Y銀行から融資(以下、「本件融資」という)を受けて、投資目的で、Aの親族であるB不動産業者が所有する新築マンションの1室・甲を2500万円で購入することにした。Xは株式や不動産への投資経験はまったくなく当初は断っていたが、言葉巧みに説得され、Aとの交際への期待もあっての決断であった。その日は祝祭日で、XとAは喫茶店で会ったが、そこに他のB社員が加わって甲の売買契約の締結の手続が行われ、続いてY銀行に場所を移して本件融資の手続が行われた。締結にあたりAは「甲周辺は、某有名大学の新設学部が開校予定、高速列車も開通するから損することはない」「今ならY銀行の特別金利が適用になる」といい、ローン返済計画と甲の修繕積立金と収支予測のシミュレーション表もみせていたが、大学や高速列車の計画はなく、シミュレーション、特別金利も虚偽であった。甲の購入資金として、Xは頭金として現金200万円を充てる一方で、Yとの間で利息を年率2700万円の金銭消費貸借契約を締結し、この資金債権を担保するために甲に抵当権が設定されているが、甲の担保価値は4000万円(その後の査定では市場価値1000万円)、Xの年収、保有金融資産なども水増ししてYに申告されていた。YとBとは資本関係も提携関係もない。しかし、Y担当者は融資実績を上げたいたので、Bから提供された情報に基づいて不動産購入資金の融資について、Bから提供された情報に基づいて独自に審査することなしに融資を実行していた。 その後、Xは、Aは「デート商法」といわれる悪質商法の常習犯で、女性の交際に対する期待を利用してマンション投資等の勧誘を繰り返していたこと、Bも1年前から各地の消費者センターに苦情 が寄せられていたことを知った。Xは、Bとの話し合いで「今回の甲の取引はなかったこととさせていただき、また、本件融着はお客様とY銀行様との間で結ばれた契約で、当社としてはご相談に応ずることはできません」といわれた。 ローンの返済をしたくないXとしては、Yに対してどのような請求ができるか。また、これに対して、Yはどのような反論ができるか。 参考判例 ① 東京高判平成27・5・26判時2280号69頁 ② 最判平成23・10・25民集65巻7号3114頁 [解説] 1 問題の所在 一見してわかるとおりに、Yに対するローンの返済から解放されない限り、Xは、法的に救済されたとはいいがたい。それに、Xの立場からみれば、Yが本件融資をしなければ、Xの甲への不動産投資自体も、そもそも実現することはなかった。しかし、ここに、すでに周囲の優しさが潜んでいる。「不動産投資」は甲不動産売買と本件融資(金銭消費貸借)という複数の契約から成っていること、そして、Xが不動産投資を決意するに当たって大きな意味をもっていた人は、そのいずれの契約でも当事者となっていない。今日こういった事象は決して稀ではないと思われるが、実は、この問題は一筋縄ではいかない。 XのYに対する請求としては、以下の構成が考えられる。まず第1に、AがXの恋愛感情を利用して、交際への期待を抱かせつつ、不当に高額の不動産への投資を決意させた点に着目して、Xが行ったBとの甲の売買は公序良俗により無効(90条)となり、その結果とすべきYとの間で締結された金銭消費貸借契約も、原因を欠くことになって無効となる、と主張す ることが考えられよう(同条)。 第2に、投資経験のないXに対して、Aは不動産投資のリスクを十分に説明するどころか、虚偽の説明によってリスクを隠蔽していた、と主張する。説明が不十分、虚偽の説明から債務不履行責任に基づく損害賠償請求をすることも考えられるところ(Aには不法行為責任(709条)、Bには使用者責任(715条)を、効果として「真実を知っていればするはずはない」契約を締結してしまったこと自体が損害だと主張して、いわゆる契約締結上の過失を請求)。Xは、こういった問題のある販売取引に融資することで被害を「助長」したとして、共同不法行為(719条)を主張することが考えられるだろう。 そして第3には、Xは、Aから本件融資の前提となる投資のシミュレーションについて虚偽の説明を受けてYと金銭消費貸借契約を結んだ、つまり、第三者Aの「詐欺」あるいは「不実表示」によって、真実を知っていれば結ぶはずのない契約をしたので取り消すというものである(96条2項・95条)。 このうち第1の構成は、甲不動産売買が公序良俗により無効であると認められたとして、そのことをもって本件融資を無効といえるか、いいかえれば、2つの契約の連動性(実質的に密接に関連して一体的にその効力を否定する)、つまり、売買契約の効力否定が融資にも伝播するかを問題とする。しかしながら、XとBの甲不動産売買とXY間の金銭消費貸借とは目的は別の2つの契約である。参考判例②も、個別物品割賦あっせんにおける売買契約と与信契約でも割賦販売法との適用があることをあらためて確認した。本問同様、デート商法で女性がアクセサリーを購入させられていた事案であったが、①販売業者とあっせん業者の関係、②販売業者の与信契約に関する行為の内容および程度、③販売業者の一般消費者の苦情に対する行為についての有無および程度を総合的に考慮して、一体的にあっせん業者の帰責性が問われた上記担当者と相当する特段の事情」がない限り無効にはならない、としたのである。 第2の構成も、似た問題に直面する。虚偽の収支シミュレーションによる投資リスク説明に問題があることが認められたとしても、売買と融資を一体 として扱い、融資責任を問うのは容易ではない(ベイ・7・12・13判タ921号259頁)。基本的には、「金融機関」(金銭消費貸借契約)は金銭を貸し渡し、借主が合意された条件で弁済するという契約であって、その使途の合理性の検討は借主の自己責任で行うべき問題とされていることによる。 ところで、本問は、Xに対して「甲取引はなかったことにする」との申出をしている。しかし、そもそも甲不動産取引は当事者間で有効に締結されているので、クーリングオフが可能な8日間で、現在の状況に影響を及ぼしがたい、というものである。そこで、以下では、Aの行為を法的にどう位置づけられれば、XY間で締結された金銭消費貸借契約の効力を否定することができるのかという、第3のアプローチを中心にみていく。 2 代理人詐欺の可能性 Aは、本件融資についても架空の特別金利や虚偽の収支シミュレーション表をXに提示し、Yの融資実行に影響を及ぼすXの信用力、担保価値について虚偽の申告をしている。AはBの従業員であるから、これらAの行為はBの業務の一環という評価は可能であるが、これをYに及ぼすことはできるが問題となる。仮に、Yから、B社あるいは個人Aに対して、本件融資契約の締結について代理権を授与されていたという事情があれば、AないしBの相手方Xを欺罔して契約を締結させた行為は、Yが自ら行ったものと同視され、Xは意思表示を取り消すことができる。この場合、本人がYにこれらの事情について知っていたか、または知るべきであったか(重過失・有過失)は問題とならない(101条1項、大判明治39・3・31民録12輯492頁)。 とはいえ、YはBに融資媒介の依頼をしていたとしても、B(およびその従業員)に法律行為を行う権限を付与したものではない。これを代理行為と考えると、B・Y間には代理権を授与する意思も基礎的な法律関係もなかったことから、Xが代理権授与を立証することは困難も予想される。 3 第三者の詐欺・不実表示によってした意思表示 (1) 第三者詐欺による取消しの可能性 第三者Bによる詐欺によってXは、相手方Yと融資契約を締結する旨の意思表示をしたとすればどうであろうか。第三者詐欺(相手方以外の者が詐欺)により、Xは、Yがその事実を知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる(96条2項)。 ここで、2017年改正民法96条2項では、相手方が詐欺の事実を知っていたときに限り、意思表示の取消しを主張できると規定していたが、相手方への主観的要件が緩和されている。これは、真意でないことを表意者が知ってなす心裡留保(いわば表意者が悪意)で、第三者の詐欺・不実表示によって、真意ではない意思表示をさせられてしまうため、意思表示の有効性を問題とし、真意でない意思表示としてしまった表意者と相手方との利益のバランスをとる目的としてXが相手方の保護の要請が後退し、相手方に過失があった場合にもXは保護が保障される。 (2) 第三者の不実表示によってした意思表示と錯誤 ところで、「詐欺」の要件としては、いわゆる2段の故意(人を騙して錯誤に陥らせ、その錯誤に基づいて意思表示をさせるという故意)が必要であるが、欺罔行為、因果関係の要件があるところ、特に故意の立証が難しく、詐欺による取消しが認められない場合も多い(消費者契約法の立法趣旨でもある)。そこで第三者の「詐欺」ではなく「不実表示」を構成することで対処も検討しよう。 「不実表示」は詐欺と錯誤の中間で、改正前の民法にはなかったものであるが、特に「動機」の錯誤が成立することが困難となることから、意思表示の内容となっていた「法律行為の基礎とした事情」(95条1項2号)につき、表意者の錯誤の取消しを認めることが規定された(→本書84・91参照)。事実、相手方によって誘発されている点で、 「基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」で、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要」であれば、取消しが認められる(同条1項2号)。つまり、「動機の錯誤」要件の中に「不実表示」を組み込むことは可能であろう。 そのうえで、第三者による「不実表示」により意思表示が錯誤に陥り、相手方がこれを知りまたは知ることができた場合でなければ、相手方が善意で重過失がないこと(95条3項1号・2号参照)。本問では、XはBの不実表示により錯誤に陥っており、また、Yの担当者は融資実績を上げるため、Bが利用していたYのXの返済能力の担保価値に関する虚偽の情報を知り得たといえるであろう。では、Y・A・Bの同趣旨であり、A・Bの不実表示をYのXへの融資実行を決定する判断を左右する情報に、Bも1年前から各地の消費者センターへ苦情が寄せられていたこと、消費者との間で問題となる場合、Yは、その調査が困難であることをもって、YはY銀行として本来なすべき審査を怠ったことをもって、A・Bの不実表示をYのXへの融資実行を決定する情報として利用している。 4 消費者契約法による保護:「媒介」の委託 消費者契約法による保護は、消費者と事業者の間に、情報力と交渉力に構造的な格差があることに鑑み、消費者の意思決定を、民法の詐欺・錯誤よりも拡大された要件のもとで取り消すことを認めている(同法1条・4条・5条)。ただし、本件融資は「事業として又は事業のためにする契約の当事者」となる場合には該当しないので(同法2条1項・2項)、Y銀行は「事業者」に当たるが、Xは「消費者」に該当しないので、消費者契約法の直接の申込みまたはその承諾の取消しを主張することも考えられる(同法4条・5条)。 他方で、たとえば、地主Zに対してB社が、同じように消費者に「地主を運ばせてほしい」と持ちかけ、B社が地主から一括で借り上げて、テナント探しなどの面倒な賃貸業務はすべてこちらでやり、地主が本社にあなたの支援は空室のあることを心配せずにおまかせします」と勧誘されて、不実告知を信じてサブリース契約を締結してみたものの、実際にはYのへのローンの負担が残る………という場合はどうだろうか。問題の構図はほぼ同じであるが、地主の事業の一環で結ばれた契約であるから(消費者契約法2条2項)、ここには消費者契約法の適用はないことになる。 Xが消費者契約による救済の可能性があるのは、媒介の不実告知を理由に意思表示の取消しが問題となる場合である(消費者契約5条)。そこでは、相手方の故意・有過失は問題とならない。本問で「媒介」にあたるか否かは、AからYB間に提携関係はないこととあって微妙であるが、甲契約の紹介を信頼したY銀行である。本件融資の手続に基づく取消しのもう1つのハードルがあるが、参考判例①は、「事実と異なる」が、「将来における変動が不確実な事項」である(同法4条4項)判決に基づく不実告知を理由とする取消しは、「事実と異なる」が、「事実と異なる」が、「事実と異なる」が、「事業」で要求される、それによれば、消費者契約の「内容」や「取引条件」であって、その「重要事項」は、同条5項で要求されている。それによれば、これは媒介には含まれないとされており、かつ、そのような動機のために重要であると判断された事情についても、消費者の「重要な利益」を上回る経済的利益もないのに「有利な」取引を回避するために認定されるべき事項といった事情について誤認させるものではなかったか。 また、2018年に改正された消費者契約法上の経験の乏しさを恋愛感情に乗じ、 契約を締結しなければ関係が破綻することになると告げ、Xを「困惑」させて契約を締結させた場合についても、消費者契約法4条3項1号)。この構成では、「重要事項」の幅は問題とならない。 次に、発展問題におけるXは、自らが契約の取引条件を誤って理解していたところ、その錯誤と不満足を状況に陥っていた。ここでは、Y・X・Zが積極的に誤認を認定せねばならず、Xの誤認を、しかもどういう形で契約に関する誤認と評価できるかが問われよう。ポイントは、どのような事実に関する誤認を以て「重要事項」に関する誤認と評価しうるか(95条2項)、また、⑧の不告知(消費者契約4条2項)とりわけ⑨が「不利益となる事実」をどう考えるか(同条3項・5項)である。 後者は、消費者契約の目的となるものの「内容」や「取引条件」であって、その消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべき「重要事項」は、「当該契約を締結する(95条1項・2号)であり、かつ、「当該告知により当該事実が存在しないと消費者が考えるべきもの」とされている(同法2項後段)。その趣旨は、当該消費者の主観的重要性ではなく、客観的、平均的な消費者像を基準に客観的に判断すべきという点にあるが、この平均的な消費者像は「転機動機」の利用であるが、ここにはその利用目的、契約者の「更に」という文言を総合的に考慮すべきである(白鳥事件・東京地判令和元年9月19日)。 関連問題 XはYと生命保険契約を締結していたところ、同じマンションに住むYの定年職員Zと親しくなり、Xから「お隣に入った保険は、1日目から出る保険」と聞いたことが契機となって、保険の内容が保証を見直す「転換」制度の利用に向けた交渉をすることとなった。ここにおいて保険の転換とは、現在の保険契約を利用して新たな保険を契約する方法をいい、現在の契約の積立部分や積立配当金を「転換(下取り)価格」として、新しい契約の一部に充てる方法で、これにより元々の契約は消滅することとなる。 Xが転換契約の制度を利用した背景には、3年後には更新を迎えるが保険料が月額1万7600円から1万7800円にまで600円まで上がること、また、保険の転換(下取り)価格が下がると、それが高い時点で保険内容を見直し、保険料の負担を低く抑えようというYの営業職員の説明を信頼したことにある。 Xは、Yから「①~③までの事実を告げられ、④~⑥までの事実には告げられていない。Yの勧めるまま、転換制度を利用して、旧契約を終了させ、新契約を締結した。 ① 新契約では入院給付金が1日目から出ること ② 補償内容はほとんど変わらないこと(死亡時に受取れる死亡保険金額が3400万円であるが、新契約では3200万円) ③ 保険料は若干下がるだけであり(旧契約では月額1万7600円であるが、新契約では月額1万2200円) ④ 新契約は旧契約を転換するので、旧契約の保険料は既に元に戻ることはない ⑤ 転換後の新契約の保険料は、当初7300円であるが、差額が上乗せされるため200円になっていること ⑥ 新契約では、契約に失効した保険契約や特約更新制度特約が、入院保障の最大日数を60日とすることになっていたな ど、保障内容が大幅に縮減されること。 (6) 実は旧契約の下でも入院1日目から入院給付金が出ることになっており、その後、④~⑥の事実を知ったXは、Yとの間で新契約の取消しを主張することができるか。取消しを主張する際の法律構成と、言及する事実を整理しながら検討せよ。 参考文献 全国進路指導研究会編・民事判例研究会編 民事判例13号(2016)84頁 / ポイント12頁(角田美穂子) (角田美穂子)