取得時効と登記①
2002年1月27日、Aは所有する土地αをBに売却し、代金の一部金を受け引き渡したが、土地については移転登記がされないままであった。その後、Bは土地α上に建物βを建築した。2006年6月3日、Aが死亡してCが相続し、土地αについても相続登記をした。2021年12月20日、Cは自己の債権者Dに対する代物弁済として土地αの所有権移転登記を済ませた。他方、Bは2022年1月頃、土地α・建物βをEに遺贈するために調べた際、土地αがD名義になっていることが判明した。そこで、同年2月15日、Bは2002年1月27日から20年間の経過によって土地αの所有権を時効取得したと主張し、Dに対して土地αをBに帰属することの確認と所有権移転登記手続を求めて訴えを提起した。他方、Dも同年2月20日、土地αはDの所有であると主張し、Bに対して建物βの収去・土地αの明渡しおよび賃料相当額の損害金の支払を求めて反訴を提起した。いずれの請求が認められるか。●参考判例●大判大7・3・2民録24輯423頁最判昭和41・11・22民集20巻9号1901頁最判昭和42・7・21民集21巻6号1653頁最判昭和33・8・28民集12巻12号1936頁最判平18・1・17民集60巻1号27頁最判昭和35・7・27民集14巻10号1871頁最判昭和36・7・20民集15巻7号1903頁最判昭和46・11・5民集25巻8号1087頁●解説●1. 取得時効と登記に関する判例法の展開(1) 判例法の基本原則時効による所有権取得(162条)も、不動産に関する物権の取得の対抗要件の規定(177条)が適用されるかどうかについては、以下のような判例法が形成されている(百選69・72、奥田116-117頁参照)。以下、土地所有権の時効取得を念頭にして解説する。(A) 原則Ⅰ(当事者の関係)A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成した場合、Bは第三者ではないから、民法177条は適用されず、Bは登記がなくとも時効取得をAに主張できる(参考判例①)。(B) 原則Ⅱ(時効完成前の第三者との関係)A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成する前に、Aがこの土地をCに譲渡して移転登記した場合、民法177条は適用されず、Bは時効完成後登記なくして対抗しえない(対抗関係)。Bは時効完成後にAがこの土地をCに譲渡し、Bの時効取得完成後にCへの移転登記がされた場合も同様である(これは時効完成後の第三者として取り扱われる。参考判例③)。(C) 原則Ⅲ(時効完成後の第三者との関係)A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成した後に、Aがこの土地をCに譲渡して移転登記した場合、時効完成後に登場できたBには民法177条の適用がなく、Bは登記がなければCに対して時効取得を対抗できない(参考判例①)。ただし、CがAから譲渡を受けた時点で、Bが多年にわたって当該目的物を占有している事実を認識しており、Bの対抗要件の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる特段の事情があるときは、Cは背信的悪意者に当たり、BはCに対して登記なくして時効取得を対抗できる(参考判例①)。(D) 原則Ⅳ(時効の起算点)BによるA所有地の時効取得の完成後にAから譲渡を受けたCに対し、Bが時効期間を満たす事実を主張する時に、起算点を任意に選べ、Bの時効完成後にCが登場したことを主張する場合には認められない(参考判例④)。これは原則Ⅲが時効の適用の問題解決を骨抜きにしないためといえる。(E) 原則Ⅴ(時効完成後の第三者の登記後、再度時効完成に必要な期間が占有した場合)A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成した後に、Aがこの土地をCに譲渡して移転登記した場合、再度時効取得に必要な期間が経過した場合、民法177条は適用されず、Bは登記がなくともCに対して時効取得(当初の自主占有開始時を起算点とするものを対抗できる(参考判例⑦)。(2) 判例法の問題点判例によれば、①第三者の登場時期が取得時効完成の前か後かという、第三者にとって偶然の事情により、対抗要件の提供が左右され、また、④所有権者が無断で占有を開始し、10年経過して短期取得時効が完成した後、第三者が占有を開始してから、Aから移転登記を受けたが、その後もBが占有を続けた場合(本問の場合はこれに当たる)、Bが長期取得時効を援用して原状回復によって生ずる利益に帰することになる。これに対して、①の適用を否定する見解もある。2. 取得時効と登記に関する学説の展開(1) 対抗要件規定の適用を否定する見解学説には、時効取得者Bと第三者Cとの関係に対抗要件規定が適用されない、すなわち、時効取得者Bと第三者Cとの関係は対抗関係にならないとみる見解がある。これは、Bは、たとえ二重譲渡事例における末登記譲受人であっても、占有継続という独自の要件を満たしているので、占有を独立した所有権原初的取得の中の要件とみて、対抗要件(177条)を排除し、時効完成後に登場した第三者に対しても、所有権取得を主張しうる(判例法理の原則Ⅲを否定)とみる(占有尊重説)。また、Bの占有の継続を占有尊重の観点から認める見解(時効制度の趣旨を重視)、⑥対抗要件規定の適用を否定する。これらの見解は、自己の所有権登記がなければ対抗できないとみる見解もある。(2) 対抗要件規定の適用を肯定する見解これに対し、時効問題にも対抗問題になるべく同じ視座でみる見解もある。もっとも、①どの時点から対抗問題になるかをめぐり、時効取得による物権変動の時期を特定して、その時期を基点として、②時効完成前の第三者に対しても登記なくして対抗しうる(判例法理の原則Ⅱを否定)、③時効の遡及効(144条)によって対抗関係となる(判例法理の原則Ⅱを肯定)、④かかる第三者が登記を備えた場合に対抗問題となる(判例法理の原則Ⅰを肯定)、⑤これに対し、対抗関係になる場面を限定し、時効取得者Bが登記しなければ対抗できないとみる見解もある(登記優先説)。⑥これに対し、時効取得者Bは登記しなければ対抗できない(判例法理の原則Ⅰ~Vを肯定)とされ、⑦それを踏まえ、時効が確定した場合は、その後に登場した第三者に対しては、登記がなければ対抗できないとみる見解もある。これらの諸説の実際的対立点は、⑦占有継続を要件とする時効取得をどこまで独自の所有権取得原因とみるべきか、⑧対抗要件を具備するのに具備しなかった時効取得者にどのようなサンクションを与えるべきかにある。判例法理を支持する②説およびこれを一部制限した⑥説、これら⑦⑧の考慮の調整を図ったものと解する⑤(判例法理の問題点(前述1(2)⑥⑦)に対応する回答。なお、前述1(2)①の問題点については、善意・無過失の占有者(短期取得時効取得の要件を具備した者)が、長期取得時効完成後、取得時効完成前に登場した第三者に対し、登記なくして時効取得を対抗できても、自己に不利になる短期取得時効の主張を強いられる理由はないから、均衡を失するとはいえない。前述1(2)⑤の問題点については、たしかに時効完成によるBの時効取得の効果は占有開始時に遡及するから(144条)、判例法理の原則Ⅱは、BがAからの所有権取得(その効果は援用によって確定する)を登記なくしてCに対抗できることを認めたものと解することになるから、登記がなくとも保護されてよいことの理由を説明すべきことになろう。例えば、時効完成前は時効による所有権取得を登記できないではないかという説明など)。●関連問題●本問において、DがCから土地αの代物弁済を受け、所有権移転登記を取得した時期が、2022年2月1日だった場合、結論はどうなるか。その際、Dが土地αをBが占有していることを知っていた場合はどうか。2002年1月27日、A所有地αの一部について隣地所有者Eが自己の宅地の一部と信じて固縛および鉄石を設置し、占有を開始した。2021年12月20日、Aが土地αをCに売却して移転登記した。Cが建物を建設するために土地αを測量したところ、その一部をEが不法に占有していたことが判明した。そこで、Cは2022年2月15日、Bに対し、鉄砲および石・囲障の撤去および当該土地部分の引渡しを請求した。Cの請求は認められるか。また、Bはどのような反論(屈折の提起を含む)が可能か。●参考文献●松久三四彦・不動産百選98頁・90頁山田卓生・百選Ⅰ(第5版)(2001)116頁村田健介・百選Ⅰ116頁呉=小泉明・民事法Ⅰ 281頁