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事件は終わるが被害は終わらない

(1) ネットトラブルは企業の「賞罰欄」賞罰欄とは、勲章などをもらった、あるいは、刑事罰を受けたなどを記載する欄である。通常、履歴書を作って就職活動する年齢層の場合には、勲章をもらうにはまだ早いので、たいていの場合は、「賞罰」のうち「罰」があれば記載するということになる。したがって、ほとんどのケースでは、「なし」と記載されることになる。また、そもそも、採用する企業からすれば、「賞」はともかく、「罰」については確認方法がないので、隠されてしまうとどうしようもない、という問題がある。仮に、前科前歴があったとしても、すでに処罰を受けて事件が終わっているのであれば、それを申告せずにマイナスに取り扱うのはどうか、という問題もある。また、そもそも、多くの人が「なし」と記載する以上、スペースの無駄ではないか、他に書かせることがあるのではないか、という話もある。そういうわけで、最近は、必要性がないということで、賞罰欄がない履歴書も多い。筆者は、刑事事件の弁護をすることもあるが、「前科がつくと賞罰欄に書かないといけないんですよね?」と質問を受けることがある。そういう場合、「そうですね、最近は、記載欄がないことが多いですよ」と返している。さて、そのため、企業としては、採用する「個人」については、その賞罰のうち「賞」はともかくとして、「罰」を知る機会はあまりない。筆者としては、前述したとおり、刑罰について前科そのもの(罰金等)以外の不利益を課すのは原則として問題な考えであるので、よい傾向であると思っている。ところが、個人からみた企業の賞罰欄は別である。企業には公用の賞罰欄があり、取引先、顧客、そして応募を検討する就職活動中の学生等から常に閲覧にさらされている。その賞罰欄というのが、他ならぬインターネットの検索結果である。社名で検索すると、不祥事を記載したページや、否定的なキーワードのサジェストが表示されることにより、過去の不祥事(やっかいなことにデマも含まれる)やトラブルが記録されて表示され続ける、ということである。ここで、サジェストというのは、検索キーワードの入力欄や検索結果に、他の検索キーワード候補として表示される言葉のことをいう。たとえば、「〇〇食品工業」で検索すると、入力欄には、「〇〇食品工業 ステルスマーケティング」「〇〇食品工業 産地偽装」と表示されたり、検索結果に、「〇〇食品工業 採用担当者暴言」「〇〇食品工業 パワハラ事件」などと表示されたりすることをいう。企業が不祥事を起こせば、それがネットトラブルであるか否かを問わず、ネット上には多数掲載される。しかし、ネットトラブルであれば、それは非常に顕著である。誹謗中傷やデマであれば、面白おかしく転載され続けるし、情報流出であれば、未発表の内容が見られるということで、これまた興味関心と呼んで拡散が続けられることになる。さらに、企業自身のネットでの情報発信に不手際があった場合は、文字データなので、コピーも簡単で、非常に拡散しやすい。過去に、BtoCの大手メーカーの採用担当者が、災害の最中にその採用活動を非常に短い期間で限定する、就活生を下に見ていうかのような表現をSNSに記載する、そのような文面を就活生に一斉メール送信をして問題となった事案があった。この事件は10年以上前の事件である。しかし、今でも、サジェストには事件関係のキーワードが並び、アーカイブ化していく。そして、災害が起きるたびに、SNSでは、社名と人名とが並んで発信される。これは極端な例であるが、名だたる大企業ですら、このようなトラブルを抱えることもある、ということは留意が必要である。ネットトラブルの事実、不祥事は保存や複製がしやすい。だから、拡散されやすい。そして、保存や拡散された不祥事は、検索により容易に誰でも調べることができなくなること、だからこそ、ネット上の検索結果が、企業にとってのいわば賞罰欄になってしまう、という現状があるのである。わざわざ賞罰欄のあるエントリーシートや履歴書を提出するように、応援する企業の就活生にも、社名などで検索してしっかり調べてくるのである。最初から、過去の不祥事の有無を確認するつもりで検索をするわけではなくても、企業研究の一環として検索したら、ネガティブな情報にたどり着く、ということも十分に想定できる。企業の永続性も、この「ネット上の賞罰欄」の悪影響は非常に大きい。それは、真実であればもちろん、ウソであっても同じである。ネット上のネガティブな投稿を削除してほしい、と企業から相談を受ける際、それに気がついたきっかけについて尋ねると、多くの場合、次のような回答が返ってくる。「検索して見つけたのではなくて、内定者から辞退があったことがきっかけです。辞退理由について尋ねたら、企業名で検索したら〇〇という情報があって、不安になった、家族からも止められた、といわれました。これではじめて気がついて、驚いています」。こういうことは珍しくない。以上のような事情があるので、企業の賞罰欄は綺麗なままがよいし、虚偽があれば、削除請求などの法的措置を積極的に検討すべきである。もっとも、(2)で述べたように、これも容易ではなく、端的にいえば、裁判所はとても冷たい、という現実がある。(2) 冷たい裁判所検索結果が企業の賞罰欄であるというのであれば、そのような結果やサジェストについて削除を求める裁判を検索エンジンの運営会社に対して起こすことも考えられる。しかし、それは容易ではない。ほぼ不可能である、といってもいいくらいである。裁判所は、検索結果に関する訴訟については、請求者にとって非常に厳しい判断をしている。検索エンジンは、インターネットの情報を取得しートを確保するための道具として、社会インフラであると評価されている。裁判所は、この見解に立って、検索結果に手を入れる(削除等を命じる)ことは、非常に慎重なのである。このような判断は、それなりに合理性がある。一定の検索結果の削除を認めると、インターネット上から、それにたどり着く方法が事実上なくなる。仮に検索結果に不備があるのであれば、検索結果そのものを根こそぎ消し去るような方法をとるのではなくて、個別の投稿を削除すればよいのではないか、ということである。この判断に反論することはとても困難であり、この傾向は今後も続くことが見込まれる。裁判例(大高裁令和元年5月24日判タ1465号62頁)は、「人格権としての名誉権に基づき検索事業者による検索結果の削除を求めることができるのは、昭和61年判決に準じて、検索結果の提供が専ら公益を図るものでないことが明らかであるか、当該検索結果に挙る事実が真実ではないことが明らかであって、かつ、被害者が重大にして回復困難な損害を被るおそれがあると認められる場合に限られるというべきである」その主張及び立証の責任は被害者が負うというべきである」という基準を定立している(「最大判平・不受理」により、同判決は確定している)。「重大にして回復困難な損害」が要求されており、請求者は、それを立証する責任があるということで、かなり重い負担である。なお、この事件は、原告は個人であり、50年前に暴力団員であった等の事実がわかる検索結果の削除を求めた事案である。判決では、削除義務は否定された。この事件で、原告は社会的地位が高いという事情があったが、それでも50年前のことであり、もはや暴力団とは関係がないにもかかわらず、それでも検索結果の削除を認めなかったということで、相当に厳しい判断であるといえる。これを企業(法人)に照らして考えてみると、完全な事実無根であり、それを証明できるケースでもない限り、まず検索結果の削除は認められない、ということになるだろう。なお、以上は、検索結果の削除のケースである。個別の記事の削除については、ここまで高度の証明は求められてはいない。もっとも、企業にとって、一番気になる、そして影響が大きいであろう職場の労働環境に関する投稿については、裁判所は非常に厳しい判断をしている。たとえば、「ブラック企業」「パワハラ」は、日常、上司日本語理解できない」といったかなり攻撃的な投稿であっても、権利侵害の明白性(削除請求ではなくて、投稿者の個人情報の開示を求める案件だったので、やや要件が重い)を否定した例(東京地判令和2年1月29日令和1年(ワ)21776号)がある。裁判所の理屈としては、「インターネット上の掲示板には出所不明の虚言や流言飛語、単なる推測や噂話の類いが多数出回っていることは顕著な事実であり、その種の投稿がされたとしても、直ちに社会的評価が低下するとはいえない」ということである。ただ、これについては、筆者の実感と異なるのは、前記のとおりである。このような投稿であっても、就活生が不安がって就職をためらうことはあり得るし、現に起きている。